成人式に行った不登校児の末路

 
コンサートホールの中には一万人が押し寄せていて、ステージ上では講演が行われているまっただ中であった。

「今、日本は東日本大震災で……」
市長は、成人式の祝辞なのにも関わらず、九州という地で震災ネタを持ち出している。
恐らく、汎用性の高さゆえに何度も焼き直して使っているのだろう。

「私たちが産まれ! 成人するまで成長するのは!
『腕時計をネジ単位まで分解して』! 『25メートルプールでかき混ぜ』! 『腕時計が完成するに等しい確率』なのです!」
一方、成人代表女性の迫真に満ちた言葉は、インターネット上から拾ったネタを基にした陳腐なものであった。
それは自分自身の言葉とは言いがたく、レポートをwikipediaで丸写しするように、教養が感じられない。

「……外に出るってさ」
講演が始まってから30分もすると、VV君は私に伝言を語りかけ、それに従って私は席を立つ。
彼はスーツの上からでも分かるほど、私より一回りだらしない体型で、眼鏡の奥の瞳は優しさと気だるさが常に入り混じっている。

やはり、成人式の式典は市町村の自己満足でしかなく、その本質はただの待ち合わせ場所に他ならないのだろう。
私自身、母親の行事に付き添いで来た幼児のよう、退屈だったのだから。


今年度、私は新成人を迎えていた。親族から用意されたスーツとブーツを着用して。
幸いにも、成人式には引きこもりで不登校児だった私が一人で参加すると言うことはなく、
高校時代の同級生で、スカイプ・インターネット上でも交友のあるVV君、そしてその友達とともにカラオケへ行くこととなっていたのだった。

[2012/01/08 22:19:42] VV: しんしくん明日カラオケでもいかんけ
[2012/01/08 22:19:56] VV: 俺の友達も来るとおもうけど

しかし、私は式典の後に小中学校の同級生らとも会いたいとは思っていたものの、
急に外に引っ張り出されてしまったことで、後ろ髪を引かれる思いがなかったわけではないが、
コンサートホールの外は、中での式典と同じぐらいの人口密度を感じられるので、
式典が終わった後、それがどうなるかは想像に難くない。

だから成人式を放棄するというのは、合理的な選択の一つではあるのだろう。


会場の外れでは、VV君と私を含めた新成人の男性が六人で集まっていたのだが、私の胸の内は違和感に戸惑っていた。
その内の二人が、私とはまるで面識がない人間でいて、話が違ってくるのだから。

[2012/01/09 9:59:07] VV: しんし: 俺も相手も双方存在を知ってるの
覚えてない可能性もあるけど会ったら多分思い出す

この場合、すでに「VV君とその友達」の中だけでのコミュニティ、
雰囲気や内輪ネタまでもが完成している中での参加なのだから、明らかに私は場違いな存在ではある……が、そんな心配は杞憂に他ならない。

なぜならば、彼らの人種はオタクで、行き先はカラオケだと決まっていたのだから。

[2012/01/09 9:55:37] VV: しんし: 何経由の友達なのかな
全員高校時代の友達やが
[2012/01/09 9:55:42] VV: (オタ)

しかし、オタクでひとくくりをするのは大変危険な行為であり、
アニメソングをたしなむ私に対して、彼らが特撮ソングしか歌わなかった場合や、
最悪AKBソングしか歌わなかった場合は、非常に厄介な事態となるのだが、この点は問題がなかった。

まず、VV君自身がアニメオタクな上、私という人間を知っている前提で誘ったのだから、
アニメソングを歌い続けていく内に彼らと打ち解け、私もコミュニティの一員となることは目に見えていたのだ。

類はオタを呼ぶ。
私は、彼らに対して懐かしさと嬉しさではにかみながらも、軽い近状報告を含んだ会話を交わすと、カラオケへと向かうことになったのだった。


……
……
カラオケに向かい、新たな違和感に気がついたのは一時間後だった。
その間、VV君としかまともに会話が成立しなかった、ということは別に構わない。
だが、もうすでに一時間と街を歩き続けているのに、未だにカラオケ店が一つも見えないのだ。
別に場所は間違っていない、目的地への方向は一致しているのだから。

では、どうして公共交通機関を使わないのか。
疑問を抱いた私は、VV君に対して問いただしたのだった。

「んー? まぁ歩きながら会話するのも遊びの一つみたいなもんだし」
「別に目的地で会話すればよくない?」
「……まぁ、いつも遊んでいてこうなんだよ」

このメカニズムは、小中学生であれば分かることであった。
しかし、私たち新成人は一定の行動力と経済力があるはずで、中には高卒で就職をした社会人だっていたのに、
一体何を惜しんで歩いているのかが、まるで分からないのだ。

程度にもよるが、この年代になると金よりも時間の方に価値を見出すことができるはずなのだが、
誰も疑わずに、歩き続けているのはどうしてだろうか。
もしかして、彼らの価値観は高校の頃から変わっていないのではないだろうか。

しかも、会話が絶えずに続いているわけではない。
基本的には、全員の顔がうなだれて突き進む中、誰かが思い出したかのように言葉を唱えるだけ。
……それはまるで、競歩選手がお互いを鼓舞する光景のように不気味であったのだ。


「えー!? 今からじゃフリータイムが残り三時間しかないじゃぁん……!!」
30分後、VV君の友達は裏通りの看板を目にするなり悲鳴を上げ、カラオケへの到着を告げると、
私たちはその看板に書かれてあった中から料金プランと、アルコールを除いて比較的安価なドリンクを決め、
そのままカウンター前で受付を済ませると、エレベーターで二階に昇って、奥の室内へと移ったのだった。

室内の内装は、六人すべてのフードメニューを補う長方形でウッド調のテーブルに、左右にはそれぞれベージュのソファが設置されており、その奥にはカラオケ機器としてDAMが置かれていた。
壁紙も相まって、色合いは全体的にブラウンカラーで地味だが、特に汚れている場所もなく、シンプルな長方形の空間を演出している。

そして三人ずつ、合コンのように向かい合って座ることとなり、
ここまでの数少ない話し相手であったVV君が、私から見て向かい右奥の、非常に話しかけづらい位置に座ることとなってしまうのだが、
VV君に甘えていては何も進展しないし、他人とのコミュニケーション手段はもう定まっている。
選曲が始まれば、「僕は三日月夜空ちゃん!」などの会話で弾むことは確定しているので、何も恐れることはないと、この一瞬一瞬を歓喜に身を委ねていたのだった。


さて、私の胃袋は空腹で、メニュー表へ釘付けになっていた。
成人式で飲食することを想定していたというのもあったが、
スーツにブーツと、慣れない衣装の準備をすることに時間を追われていたということもあり、
朝から昼現在に至るまで、何も食べないで過ごしてきたのだ。

その時だった。
突然――空腹感が引っ込むような鋭い不快感に襲われると、
私の肩は力を失って、メニュー表をテーブルの上へと折り畳む。

『天体観測』 (BUMP OF CHICKEN)

メニュー表を抑えたまま、私はカラオケのモニターを凝視していた。
どうして、VV君の友達は二人で、この曲を熱唱しているのだろうか。

今年度新成人となった私たちが、ゆとり直撃世代であることは身を持って分かっている。
だから、選曲として不自然ではないのだが、これはオタク同士と銘打ってのカラオケであるのにも関わらず、
いきなりJ-POPを選ばれることに戸惑いを覚えてしまうのだ。

――それでも、BUMPはアニメやゲームのタイアップを手がけていたし、
過去にインターネット上で、BUMPの曲を用いたフラッシュが流行っていたことがあった。

だから、彼らはその中でも特別お気に入りのこの曲を選んだか、
このコミュニティの中では、一曲目にこれを選ぶことが通例となっているのだろう。

大丈夫、次からは正統派の曲が入るはずなのだ。

『アポロ』 (ポルノグラフィティ)

……やっぱり、違う。
最初はみんな、地雷を踏まないように歌いやすい曲を選んでいるだけなのだ。

ポルノだって、いくつかの曲をタイアップしているのだからまだ分かるし、
そもそもアニメソングは幅こそ広いが、昨今のアニメ主題歌は女性ボーカルが多い。
だからこの事態は仕方がなく、もう少し様子を見なければならないのだろう。

STAY AWAY』 (L'Arc?en?Ciel)

……だけど、分からない。
いくら何でもこのラインナップは、オタク同士のカラオケと言うには、いささか脱線していた。

(この中に一般人がいて、見栄を張って歌っているのであればまだ分かるが……いや、本当にいるんじゃないのかこれは?)
確かにラルクも同様、多数のタイアップをしている。
しかしながら、昨今の現状ではタイアップをしていないアーティストの方が珍しく、この流れは不自然極まりないのだ。

『千本桜』 (WhiteFlame feat.初音ミク)

(…………は?)
タイトル――アーティスト名がモニターに出た瞬間、私はカラオケ機器が壊れたのではないかと錯覚したほどだった。

(やっとオタクらしい曲が入ったと思ったら……初音ミク? ……ボーカロイド曲? ……ニコニコ産の曲なのか?)
この曲によって、次から次へと疑問が湧き上がり、考えがまとまらない。
(もしかして、オタク同士ってのはニコニコ寄りの趣向なのか? だとすれば、さっきまでのラインナップも理解できると言える……が……?)
私は裏切られたと思い、自らが選んだこのカラオケを疑ってしまう。

(……いやいや、ボーカロイド曲を歌ったからってニコ厨?)
(それはそれでおかしいだろ。俺だってニコ厨は嫌いだけど、ボーカロイド曲で好きな曲はいくつかある)
(だからそれは安易な考え――)

「いさじ風に歌おw」
……イントロに入ると、VV君の友達は深みのある笑顔で言った。
その眼鏡とスーツの貫禄は、過去にプロレスをやっていても不思議ではなく、
子供たちに愛される包容力がありそうな外見でありながらも、どこか無愛想でもあるのが暴走族のリーダーのようで、彼をギリギリのラインに立たせている。

私は、その「いさじ」という名詞に聞き覚えがあった。悲しいが聞き覚えがあった。
インターネットの検索では多数のノイズが含まれており、不要なリンクを踏むことがあるので、その時に見たものだと思う。
――そしてそれは、「ニコニコ動画」の「歌ってみた」の「歌い手」による投稿動画だったのだ。

ボーカロイド」「歌ってみた」
これらのジャンルは特殊性ゆえに、ニコニコ内でもはばかられているジャンルと言える。
しかし、これらのジャンルを選んだ友達は間違いなくニコ厨で、その事実は認めなくてはならないのだ。

「千本桜 夜に紛れ 君の声も届かないよ 」
その歌を聴いていて、私はとても居心地が悪かった。
歌い方は別に悪くない。女性ボーカルの曲だということを忘れさせる、渋い独特の味が出ている上、声量もよく出ていてうまく歌えている。
……だから、この長方形の空間自体の居心地が悪いのだ。


発言は的確に、正しく伝えるべきだ。
そうでないと、トラブルの元になるだけなのだから。

[2012/01/09 9:55:37] VV: しんし: 何経由の友達なのかな
全員高校時代の友達やが
[2012/01/09 9:55:42] VV: (オタ)

[2012/01/09 9:55:37] VV: しんし: 何経由の友達なのかな
全員高校時代の友達やが
[2012/01/09 9:55:42] VV: (ニコ厨

私がこのようにカラオケへと誘われたならば、まず参加することはなかったであろうから。

さて、私は高校在学中において、誰にも触れない、触れられないで過ごしてきたため、一定以上の関係を築いた同級生はおらず、
VV君は私が通信制へと転籍した後、インターネット上で交友を取るようになった唯一のレアケースだった。

更に、さっきまでボーカロイド曲の千本桜を歌っていた彼は、合流した時に面識のなかった二人の内一人だったので、
カラオケに向かう途中、VV君からその関係について尋ねると、VV君が二年生の頃のクラスメイトだということが判明するが、
私とVV君が同じクラスだったのは一年生の頃だけで、二年生になると私は転籍している。

だから、今歌っている彼は同じ学校に通っていたというだけの赤の他人で、
このチャットログと現状を重ねると

「ネット上で知り合ったニコ厨とカラオケに行くことになったんだけど、一緒に行かない? ボーカロイド曲しか歌わないだろうけど」

と言い換えてもなんら違和感のない状況であり、
こんな誘いは自分がニコ厨ボーカロイド厨であるか、誘われた人物から弱みでも握られていない限り、
参加する義理だなんてどこにもないわけだが、あろうことか私は原文のチャットログを見て、

「高校時代の同級生と一緒にカラオケ行こうぜ! 実はアイツがオタクだったりして……んでもって一緒にそのネタで盛り上がったりして!?
成人式に会うんだからさ! 同窓会みたいな雰囲気でさ!! お互いに顔は知っているんだし、意外性から会話を繋げやすいだろ? な!?
しかもしんしさん、カラオケですよ! カラオケ!! オタク同士が行けば、そりゃ化学反応が起こらないはずがねぇだろw
俺がお膳立てしておくからさ! 来いよ、しんし!!!」

と深読みして参加してしまったのだ。

そう、私はもともと自分の知る範囲の人間で、なおかつ意外な隠れオタクが来ると思っていたのだが、
千本桜を歌っていた彼、そしてポルノの彼は、二人とも面識がない上、面識のあった同級生二人も大概であったのだ。

カラオケの看板を目にするなり悲鳴を上げ、
千本桜の彼と共にBUMPの天体観測を歌い、ラルクSTAY AWAYを単独で歌っていた同級生は、
細身の長身だが、眼鏡と眉が不揃いで、そのスーツ姿は場末ゲームセンターで遊ぶサラリーマンのようにうだつが上がらず、
学校では白昼堂々「今さー、ひぐらしのアニメにハマってるんだよw」「梨花ちゃんかわいーw」などとニヤニヤしながら公言していたのだったが、
彼の観測範囲は狭く、日常的にひぐらしの話が私の耳に届いてはうんざりしていたのだ。

そして、ここまで唯一何も歌っていない同級生は、
眼鏡を付けておらずに糸目で、小柄なスーツ姿が学生服に見えてしまうほどなのだが、
上記の彼と、声を大にして語り合っては、
「ギアスでさ、『脱げ!』って命令したらハーレムじゃね?w」「なー、この画像すごくね?w」
などと年齢相応に発情していて、関わりを持ちたくないと強く思っていたのだ。

――しかし、もはや仕方がなかった。
経緯はどうであれ、私はこのカラオケに参加するという選択をしたのだから。
もう成人式には引き返せないし、カラオケの利用時間はまだ二時間半も残っている。

それゆえ、考えを切り替えなければならない。
自分と趣味趣向――人種が違うからと言って、他人を極度に嫌うのは小学生とロシア人だけだ。
この年代のオタクはニコ厨がデフォルトであれば、私はそれを大いに受け入れなければならないし、他に趣味趣向が合う部分があれば、それで構わない。
それに彼らだって、近い距離で付き合えばその人ならではの長所が必ずあるはずで、恋愛だって妥協から始まるのだ。


『はっぴぃ にゅう にゃあ』 (芹沢文乃(伊藤かな恵)&梅ノ森千世(井口裕香)&霧谷希(竹達彩奈) )

だから、私は初めに自分自身を示して彼らに受け入れてもらおうと、初めてリモコンのディスプレイを操作したのだった。

私がリクエストした曲は、萌え系と童謡を織りまぜたような支離滅裂な歌詞に、チープな打ち込み演奏で構成された、不協和音とも言われる電波ソングだ。
間違いなく一般人の前で歌えば、私はたちまちレールから外れ、そこから友好的な関係を築くのは難しくなるだろう。

だが、彼らはオタクなのだから、この曲を入れるのは至極普通であり、
これをリクエストすることでこの空間が盛り上がって、以降の選曲の方向性も切り替わることが好ましいのだ。

「んでっ! んでっ! んでっ!」
歌い始めは良好で、みんなの関心がカラオケのモニターへと向けられるのが見て取れる。

「非常事態が にっちじょうです?」
「非常事態が にっちじょうです?」
続いて、VV君が私と合わせて歌い出す。

「はっぴぃ にゅう にゃあ? は?じめまして?」
「はっぴぃ にゅう にゃあ? は?じめまして?」
勢いづく事態は非常に好ましい方向へと、

「拾いたいなら 拾えば??????いーじゃん!」
「拾いたいなら 拾えば??????いーじゃん!」
進みたかった。

――歌っていて、どこか上の空なのだ。
どうして、彼らは特に反応を示すわけでもなく、黙りこくっているのだろう。
いや、中には笑っている人間もいるが、「すごい曲だねぇ……w」とでも言いたげに、初めてこの曲を聴いたような、苦い表情をしているように見えるのは気のせいだろうか。

また千本桜を歌っていた彼に至っては、
彼の歌を私が聴いていた時のよう、釈然としない真顔で、腕を組んで身構えているのだった。

(もしかしてこいつ……オタクのニコ厨ですらない……? 一般人寄り……にわかオタクのニコ厨なの……?)
私は何も、空気を読まずに「オタクだから大丈夫」という勝手な思い込みだけでこの曲を入れたわけではない。ある確信の上で入れたのだ。
そしてそれは、カラオケに向かう途中で交わした会話によって得たものであった。


「このメンツでさ、いきなり『はっぴぃ にゅう にゃあ』とか歌っても大丈夫?」
「いや、俺も普段アニメソングばっか歌ってるしw」

VV君はこう言った――歓迎するような笑顔で確かにそう言い切った。
だけどこれは「誘った時にも言ったけど、俺の友達はオタクだから大丈夫だよ! そして、アニメにも精通しているから大丈夫!!」という意味ではなかったのだ。
除染が困難であるこの空気が、それを明らかにしている。

つまりこの発言は

「俺はアニメに疎いにわかオタクの中、我を貫き通してアニメソングばかり歌っているぜ? むしろてめえらが俺に着いてこいやああああああああああああああああ!!」

というオタクの自己中心的な考えによって導き出されたものに他ならず、それは交友関係が完成していなければ通用しない。
だからこれは、彼だけに許される行為なのだ。

その一連の発言は、あまりにも無責任だ。
事実とあまりにもかけ離れているし、こちらの観点に立って発言をしてこない。
こんなにも息苦しいカラオケをやるぐらいであれば、一人カラオケの方が楽しかったではないか、そう疑わずにはいられなかった。


スパゲティヌードル100g相当に、ミートソース、小ぶりながらも自己主張の激しいトンカツ。
それぞれの材料の質は、業務用のレトルトをただ解凍しただけとしか考えられない代物で、
その後の調理課程は、あくまで外観を崩さないよう、残酷なまでに丁寧にかけて、乗せただけとしか思えない。
当然、それはトンカツに合うようにはバランス配合されておらず、おいしくない。
「スパカツ!ボロネーゼ」690円。お祭り価格としても考えられない代物だ。

次に、カットされた食パン一斤の上に、アイスクリーム、生クリーム、ストロベリーソース、ストロベリーポッキーなどとコンセプトが徹底されたハニートースト。
甘いものが嫌いな人間からすれば、食べている内に吐き気を催しそうではあるが、オーブンで熱を帯びた食パンに、アイスクリームが溶けて混ざり合うのはなんとも甘美かな。
材料の質は先ほどとなんら変わりはないが、バランス配合はうまくできているので及第点と言える。
キューティーハニートースト」690円。値段においても、バランス良く調整されているだろう。

――『はっぴぃ にゅう にゃあ』から、全員で述べ十数曲は歌われただろうか。
私の意識は完全にフードメニューへと向けられ、カラオケへの意識が希薄になっていたのだった。

とにかく、偏っていた。

もう一人の面識がなかった、絶対にポルノしか歌わないポルノ厨。
彼も細身だが小柄で、眼鏡を付けてはヒゲが整っておらず、私の隣でポツンと、他人の曲にも興味を示さないのは、一般人であるとみなしていいだろう。
その光景はまるで、一緒にスポーツ観戦へ来たのにも関わらず、携帯をずっといじり続けているようで恐怖すら覚える。

在学中、年齢相応に発情していた、かたくなに何も歌わない嫌歌厨。
彼は「何も歌えるものがない」と予防線を張るが、以前から交友関係のあった彼をどうして誘ったのか。
そして、彼はその誘いにどうして乗ったのかと疑問が募る。

一方で、ボーカロイド曲を歌っていた千本桜厨と、
在学中ひぐらしが大好きで、BUMPとラルクを歌っていたひぐらし厨は、
比較的多様な選曲してバランスを保ってはいるものの、
そのラインナップはゆとり世代直撃のJ-POP、ニコ厨御用達のボーカロイド曲と、私とは趣味趣向が非常にズレており、
ポルノ厨、嫌歌厨も相まって、この空間の居心地の悪さは、式典以上に退屈で性質が悪かったのだ

そんな中、かたくなに深夜アニメ「けいおん!」の劇中歌しか歌わないけいおん厨がいた。
VV君だ。

VV君が歌う曲に対する、彼らの反応は、
私が『はっぴぃ にゅう にゃあ』を歌った時となんら変わりはないか、それよりも渇いていたのだから、
彼らの私に対する反応は、新参者の私を除け者にしようとしたわけではなく、ただ本能に従って純粋な反応を示したにすぎないのだ。

しかし、VV君は楽しいのだろう。
結局は他人の目を気にせず、本能に従って自らが好きな曲を選んでいるにすぎないのだから。
すでに完成したコミュニティの中で、自らがそれを許しているのだから。

そんなVV君だからこそ、私に対して『はっぴぃ にゅう にゃあ』 を歌うことを容認したのだろう。
他人に、自己中心的な楽しみ方を当てはめてまで。

――私は、彼を見誤っていた。
彼は百合を基調とした、様々なアニメをたしなむ人間であるのだから、持ち曲がこれだけであるとは非常に考えがたいのだが、
当時、彼は二週間前に映画「けいおん!」を視聴したのを皮切りに、
アニメを観直し、同人誌を買い求め、SSを読み漁り、劇中歌アルバムを聞き込むほどに、「けいおん!」に身を委ねていたのだったが、その行為には疑問が残るのだ。

別にそれが、今後も一貫して続けられるのであれば構わない。
しかしある作品へ突発的に入れ込むというのは反動が大きいため、後にその作品に対する関心が薄くなって、他の作品へと移ることも珍しくはなく、
そのような自分――オタクというものが定まっていない「にわかオタク」が蔓延しているのだ。

私は、インターネット上でそんな人間を幾人も見てきた。
その経験則に当てはめると、VV君は確実にそのプロセスをたどっているのだ。

また、彼とは確かに「けいおん!」の趣味趣向が一致するものの、
アニメ全体に目を向けると、むしろ一致しない作品の方が多いのだ。

思えば、一時期疎遠状態だった彼と距離が近づいたのは、ここ半年のことであったにも関わらず、
私はこの短期間で彼のすべてを知った気になっていたのだ。

彼と疎遠になった当時の原因として、お互いに接する距離が分からず、
相反する趣味趣向、果てには思想までをも前面に出していたことによるのだが、
言うならそれは、カードゲームでお互いの手札をフルオープンにしている状態なのだ。
駆け引きも何もなく、山札から引いたカードをただただ出して、喧嘩するだけの不毛なゲームでしかない。

そんな状況から、私とVV君が懇意になれたのは、
お互いが不幸になる話を、しない出さない掘り下げないと、お互いに空気を読んだ接し方が分かっただけに過ぎず、
VV君にオタクとしての、また人間としての魅力が付加されたわけではないのだ。
ただ、社交的な魅力が備わっただけにすぎない。

つまり、彼の本質は何も変わっていない。
私に接するVV君と、友達に接するVV君は別人であり、
そのVV君が、私の好きじゃない部分のVV君として存在し続けるのであれば、
その友達と仲良くすること自体、不可解なのだ。

もしかしたら、そのVV君はニコ厨なのかもしれない。
それに加え、ボーカロイド大好きっ子でいて、曲を垂れ流しにしているのかもしれない。
更に、VIPPERである――ことは前持って分かっていたのだが、
この半年という期間は、彼の本質に対する認識を消失させるのには十分であり、
愚かなのはVV君ではなく、この私だったのだ。


だがそれでも、私はフードメニューを食べ終えると「自分が望む形のカラオケ」にするため、
一貫して多様な深夜アニメの選曲を続け、手探りで彼らの化学反応を起こそうと、軌道修正を試みようと躍起になっていた。

星間飛行』 (ランカ・リー=中島愛)

歌い始めてから程なくして、
台詞部分の『キラッ☆』という甲高い声が室内を埋め尽くす。
隅で、モニターを冷めて見つめるポルノ厨を除いた面々で。

(いける)
ひとりよがりな選曲をせず、この面々が認知しているであろう曲を選べば、流れはいい方向へと傾く。
まだ、私は彼らの本質を何も知っていないのだから。


魔理沙は大変なものを盗んでいきました』(藤咲かりん(miko) )

「なぁ、これ五回噛まずに歌えたらフードメニューをおごってやるよw」
「え、マジでw やるわw」
それは、嫌歌厨から千本桜厨への、笑みを浮かべた問いかけとその返答。
……彼らの認知する曲がこれなのだと思うと、私は余裕がなくなってきたのを感じる。

立て続けにニコニコ色の強い曲が選ばれるというのも相当だが、この「五回噛まずに」というノリが駄目だった。
私の求めているノリとは相対的に違っていて、こうなるとオタクとしての、趣味趣向としての問題だけでは片付けられない。
雰囲気と感性が、何をもって面白いとするのか、まるで違うのだ。

そもそも誰とでも仲良く、が通用するのは自我の形成を目的とした小学校までだ。
それ以降の人間関係は、取捨選択によって成り立っている。
お互いに不幸になるのが、分かりきっているのだから。

……いや、そもそも私と彼らはお互いにとって切り捨てられる側の人間であったのにも関わらず、
VV君によって、自然の摂理すら押し曲げられてしまったのだろうか。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm800100
「知らないぜ、そんな魔法」
「想いは伝えたら壊れるZE☆」
「お前とは(オウ! オオウ!) 違うから(オオオウ! オオウ!)」
――曲の終わり際、乙女口調であったこの曲の歌い方が突然荒々しくなる。
それは、彼が入れ込むニコニコの歌い手「いさじ」の歌い方なのだろう。

「おー、よく歌い切ったなーw 好きなの頼んでいいぜーww」
……そして、楽しそうにこれを容認する彼らと、私は根本的に違うタイプなのだと認識した途端、やるせない思いが込み上げてくるのであった。


カービィ★マーチ』 (シャンチー)

「お前いい加減に何か歌えよw これなら前も歌っただろw」
「あー、確かに俺これぐらいしか歌えねぇわw」
ひぐらし厨がへらへらと笑いながら、嫌歌厨へマイクを向けると、嫌歌厨はまんざらでもなさそうに受け取る。

そしてこの曲は、私の選曲と、VV君とその「けいおん!」の選曲を除けば、初めて選ばれたアニメソングということになるのだが、
それが純粋な童謡であるという事実は、彼らが純粋なアニメオタクでないことを示しているのだ。

その上、「前も歌った」と来ている。
よって、彼らは童謡を歌うことを是認とし、このギャップを面白いと感じているのだろうが、
対照的に嫌歌厨は、小っ恥ずかしげにたどたどしく歌うだけで、
対象年齢も低く、ある意味で難易度の高いこの曲を、なぜ特別な意図もないのに選んだのか。
ここまで歌うのを拒み続けていた意図が、まるで分からないのだ。

『CHA-LA-HEAD-CHA-LA』 (影山ヒロノブ )

しかし、疑問はすぐに氷解する。
それから数曲間を空けてこの曲が選ばれたのだが、選んだのは他ならぬ嫌歌厨だったのだから。

決して、嫌歌厨は変な含みを持たせて歌ったりはしない。
ただ、淡々と歌うだけだ。

そしてこの曲は、アニメ「ドラゴンボールZ」の主題歌であるのだが、
ドラゴンボール」自体は世界80カ国以上で放映されていて、原作の漫画は世界でも一番売れているのだから、
日本でも知らない人間を見つける方が、まず難しいと言っていいだろう。

だからこれは、陰陽の陽の性質を持つ作品なのだ。
そこには陰としての、オタクとしての性質は備わっていない。

恐らく嫌歌厨は、幼児期の思い出を頼りに選曲をしていて、
ここまで歌うのを拒んできたのは、単に引き出しが少なかっただけにすぎない。
嫌歌厨は「にわかオタク」ですらなく、「アニメが好きな一般人」だったのだ。

……それは、全滅を意味する。
オタクなど、初めからいなかったのだろう。


『よっこらせっくす』 (アゴアニキ feat.初音ミク鏡音リン・レン)

「よっこらせ?っくす(笑)」
「よっこらせ?っくす(笑)」
「wwwwwwwお前ら最低すぎwwwwwwwwwwwwww」

彼らが歌っているのは、現代版――いや、ニコ厨版の金太の大冒険なのだろうか。
猥語に苦笑しながらも羞恥心は表に出さず、千本桜厨とひぐらし厨は手慣れたようにデュエットをするのだが、
嫌歌厨が愉快そうに笑っているところ、やはり彼らはこの雰囲気が好きなのだろう。

なおかつ、千本桜厨はマイクを手に持ったまま、テンポごとに腰を横にカクカク振りながら歌っていたのだが、
その行動の意味するところは、「いさじ」のような派生ネタ、原曲のPVをなぞっているのだろう。

この猥曲と先ほどの童謡――このカラオケそのもの。
そして、会場からカラオケまで徒歩で向かっていた経緯と、その理由。
これらを踏まえるに、彼らは価値観が幼いのだろう。

だからこらえ性もなく、式典を最後まで見届けられなかったのだろう。
彼らには成人式への参加意識、新成人だという自覚はどこにもなく、ただただ友達とカラオケへ遊びに来ていただけにすぎなかったのだ。


『Stardust』 (Sound Horizon)

「首を締めれば 締まるに決まってるじゃない」
「あなたの白い衣装<シャツ>も 今は鮮やかな深紅<スカーレット>」

そしてこの時、私はすでにすべてを放棄していた。

選んだ曲の歌詞は猟奇的でいて、中学生やメンヘラが好みそうな感じに仕上がっている。
通常、こんな曲は一般人は無論、オタクとの集まり――いや、相手がサンホラーだと確信の持てる場合でないと絶対にリクエストなどしない。
実際、人前でこの曲を歌ったのはこれが初めてなのだから。

「……何このヤンデレ歌詞」

それに対し、彼らは目を丸くしてどう反応すれば良いのかうろたえていた。
ヤンデレ」という表現は的確でいて、同時に彼らが好みそうであるのが鼻に付くが、
このカラオケそのものが、オタク同士でやるにしては異常をきたしていたのだから、
彼らにとって異常な曲を選んだにすぎなかったのだ。

「というかデレがなくない?」

また、当てつけでこの曲を選んだという側面は確かに存在していた。
私は彼らの本質――デレが見たかったのにそれはかなわず、
まるでこの曲のように救いようがなかったため、殺意すら覚えていたのだろう。


『裏表ラバーズ』 (wowaka feat.初音ミク)

「今回はこれ歌ってなかったじゃんw テンポを最速に設定して歌おうぜw」

「今回は」
言い換えれば、彼らはカラオケで「毎回」つるんで、このボーカロイド曲を歌っているということなのだろう。

偶然は、二度も続かない。
これに『カービィ★マーチ』での「前も歌った」という要素が加わると、
彼らの選曲の傾向が、毎回似通っていることを示唆している。

そう、彼らは「けいおん!」へ突発的に入れ込んでいるVV君のように、
「今日は成人の日ボーカロイド祭!」と特別はしゃいでいたわけではなく、これが彼らの通常運行なのだ。
私は所詮、それに弾き飛ばされるだけの置き石にすぎない。

また、この曲は『魔理沙は大変なものを盗んでいきました』と同じく、
アップテンポ調に早口で歌う曲なのだが、わざわざそれをカラオケ機器側で最速に設定した上で、
いつも嬉々として歌っているのだとすれば、違和感がより強くなる。

彼らはカラオケに対する遊び心が、好奇心の強い「新成人」なのだろうが、
私としては脚色のない曲そのものを、落ち着いて楽しむ方が好ましい。
贅沢を言えば、趣味趣向が一致していれば最高だ。

……贅沢?
どうして、私は妥協をしているんだ?
そもそも、これってそういうカラオケだったか?
なんで、彼らは早口大会だなんてやっているのだろう?

もう、疲れた。


『エルの楽園[→side:E→] 』 (Sound Horizon)

『HANAJI』 (小林ゆう)

この空間が、そして彼らが異常なのだ。
だから私が二曲連続でリクエストをしようが、場の空気から逸脱した曲を選ぼうが関係ない。
喉が許す限り、ただ自由に歌いたい曲を歌うだけ、異常者からはどう思われても構わない。
その感覚は、もはや一人カラオケと同じだ。私さえ楽しければ、それで良かったのだから。

……一曲を歌い終わるごとに、ふっとこの長方形の空間に引き戻される虚無感を除けば。


『扉の向こうへ』 (YeLLOW Generation)

ハガレン鋼の錬金術師)なつかしーw」

『哀戦士』 (井上大輔)

「マチルダさーん!w」
「マチルダさーん!w」

『めぐりあい』 (井上大輔)

「いえすまいすいーといえすまいすいーてすと……(中卒並みの発音)」

残酷な天使のテーゼ』 (高橋洋子)

「たん! たん! たん! たん!(キャラクター切り替えのSE音)」

フリータイム終盤、彼らの選曲が突然アニメソング一色に染まる。
場の空気は今まで選ばれたアニメソングのように、一人の自己満足によって完結しようとはせず、全員で楽しもうとする一体感が否応なく弾む。
どういうわけか、私のひとりよがりで歌っていた曲によって化学反応が起こり、ようやく軌道修正が成ったのだろうか。

鋼の錬金術師
ガンダム
エヴァンゲリオン

……いや、駄目だ。
……彼らの歌うアニメソングの原作をたどれば、どれも確実にズレている。


まず、「鋼の錬金術師」は夕方から放映されており、
漫画原作は、在りし日の少年誌「月刊少年ガンガン」で連載されていた。
この構造は「ドラゴンボール」とまったく同じで、あまりにも健全すぎるのだ。

次に、「ガンダム」は30年来にわたってシリーズが展開なされ、上から下まで幅広い世代によって親しまれている。
何も言うことはない。

そして、「エヴァンゲリオン」。
このアニメは放映当時から社会現象として一般人にも認知されてきた上、現在でも映画などのメディア展開は止まるところを知らないが、
ここ数年で幾度もパチンコ、パチスロ化されてからは明らかに異常だ。

基本的にパチンカスどもが打つ台は、その原作となったアニメそのものに興味があるかないかは関係ない。
彼らは打っていて「儲かる」、または「演出が楽しい」から打つだけだ。
この辺は、二次元オタクども同人誌収集と似ているだろう。

だが、皮肉にもそれはヒットしてしまった。
それによって、放映当時では考えられなかった層が大量流入してしまったのだ。
挿入歌である「魂のルフラン」が流れると、パチンカスどもが「確変突入!」などと横槍を入れてくる様は、心中で耐えがたい焦燥に駆られる。

そしてパチンカスから、アニメにもパチンコにも興味を持たない他者へ「エヴァンゲリオン」というアニメは伝播していく。
更に、その層から他人へと、にわかがねずみ算式に増えていく寸法だ。

しかも、「エヴァンゲリオン」好きを自称する「エヴァ芸人」という存在が、バラエティ番組で容認されていた事実がそれを如実に物語っており、
一般人がファッションとしての羽織るにはベストサイズでいて、それはこの年代のオタクがBUMPやラルクをたしなむこととなんら変わりはないのだろう。

しかしながら、私は何もこれらの作品を否定しているわけではなく、
私自身「エヴァンゲリオン」を超えるアニメは今も存在しないと考えているのだが、この主観を差し引いても、だ。
これだけのアニメに留まらず、先ほど嫌歌厨が元気いっぱいに歌っていた「星のカービィ」に「ドラゴンボール」という前例がある。

そして、VV君がかたくなに方針を変えずに歌い続けるアニメ「けいおん!」の挿入歌と、
私の選曲の中で、唯一彼らが好意的な反応を示した『星間飛行』の原作アニメ「マクロスF」の二作品は、一般人に加えて女性からの認知も厚く、
今まで見せつけられた行動や言動を兼ね合わせると、やはり彼らはオタクとして軸がズレていて、
そっちサイドの人間としか考えられないのだ。

――今までの選曲から、彼らが女性アーティストの曲を敬遠しているわけでないことは分かっている。
だから、当時カラオケに収録されていた前期アニメの中から選ぶとすれば、
My Dearest』『ノルニル』『空想メソロギヰ』のように深いようで浅い、にわかが好みそうなアニメの曲でも良かった。
声が高く、歌い方が特徴的な彼女らの曲を歌いきるようであれば、本当にそれが好きなのだと分かるから。

『Brain Diver』『Endless Story』『Light My Fire』みたいに、あまりパッとしないアニメの曲でも構わない。
むしろ、そういった作品を支えるのがオタクという人種である上、アーティストのセンスも良いと思う。

『READY!!(M@STER VERSION)』 と、何年にもわたって特定のコミュニティサイトで、異臭をまき散らしているアニメの曲でも問題ない。
逆にそういう、特定の作品にのめり込み続けるような人間が欲しかった。

また『気まぐれ、じゃんけんポンっ!』のよう、深夜帯という枠の中で一般人にも侵されず、
三期にもわたってシリーズ展開をしてきたアニメの特別編オープニング曲だなんて、
限られた人間しか認知できないのだから、最高の条件だと言えるだろう。

ただ申し訳ないが、『残念系隣人部★★☆(星二つ半)』のような単発萌えアニメの声優ソングと、
『明日へ』のように、意図が分からないJ-POP調のタイアップ曲は無理だ。
繰り返すが、実績がない人間がこれらの曲を歌っても説得力がないためである。

……打率にして、八割だ。
私は別に、アニメソングであれば喜んで打ち返せたのにも関わらず……彼らが外国人スラッガーを抑える大エースにすぎなかったのだ。


Unmei♪wa♪Endless!』 (放課後ティータイム)

『ゆりゆららららゆるゆり大事件』 (七森中☆ごらく部)

oath sign』 (LiSA)

ところが、ここで次の曲が流れると、自分の胸は痛いほどに高鳴る。

確信したのだ。
これはまがい物ではなく、本物だ、と。

事態は急展開を迎え、私の求めていた選曲へと変化を遂げたのだ。
萌えアニメ系の曲が中心でいて、緩い部分もあるがこのラインナップなら合格と言える。

先ほどアニメソング一色の中、私はただ見守っているだけだったのだが、段階を踏んで、流れが好転したのだろう。
思えばずっと、私は成人式に参加した当初から彼らの本質を見誤っていたのだ。

カラオケは素晴らしい。
それが見ず知らずの他人だろうと、曲さえ知っていて、なおかつ趣向が一致すれば楽しめるのだから、実に都合の良い娯楽と言える。
すっかり忘れ去っていたカラオケの楽しさを、私は再び取り戻したのだ。


「……お前よく歌うなぁ」
――三曲目、嫌歌厨は糸目を歪ませ、その表情を私へと向けると、途端に私はこの長方形の空間に引き戻される。

それは、彼らの在り方への模範解答、傲慢とも言うべきか。
ただ……私が三曲連続して選曲をしていただけにすぎなかったのだ。

――しかしこの空間に戻されてもなお、私の胸は充実感によって満たされていて、
何もそれは歌い終わった後の余韻に浸っているわけではない。

『……プ、…………プルルルルルル!!』
今、ついにその時が来たのだから。

「はい、……? ……はい。……カウンターから電話が鳴ったけど、もうすぐで終わりだってさ」
「えー? じゃあ俺がリクエストしている曲が歌えないじゃぁん……」
「……じゃあ、俺の曲は一番だけで演奏中止にするから歌いなよ」

知っていた。
私が三曲連続でリクエストし、待機していた段階で一曲でも削れば、このような事態が起こらないことを。

ねらっていた。
千本桜厨が終了を告げ、ひぐらし厨が慌てふためき、また千本桜厨がばつが悪そうに譲る様は実に面白く、笑い飛ばしたいぐらいだ。

だが、分かっていた。
こんな嫌がらせをしても、ただの空気の読めないやつ止まりでしかないということを。
……このカラオケが、精算されるわけではないということを。

――ハッとして、私はこの感覚が懐かしいことに気がつく。
これは、私の高校時代とまるで同じなのだ。


私が彼らと同じ高校に入学した経緯として、
もともと私は、中学一年生の二学期から卒業まで不登校を続け、自宅に引きこもっていたのだが、
それでも親は高校進学を熱望するので、「『内申点が最低な不登校児』でも入れる全日制の私立高校」を、中学校の先生から紹介されたことが起因だ。

「中学校の範囲から、私たちがサポートします」
「似た境遇の生徒さんが多数入学してきますので、ご安心ください」
これはすべて、体験入学で教員から言われたことだ。
愚かにも、私の親はこの言葉を鵜呑みにして、安心しきって入学に踏み切ったのだろう。
その細部が、破綻していたとも知らずに。

確かに、授業では中学校の範囲は出たが、それはあくまで復習の域を出ていない。
通常、中学校では三授業に分けて学習するべき内容を一授業、あるいはその半分未満へと圧縮し、
「なぜ? どうして? そうなるのか?」という段階からの説明がないのだ。
中学校にすらまともに行っていない、実質小卒の私にとって、それが理解できるわけがなかった。

また、「似た境遇の生徒が多い」という点において、
生徒からにじみ出る雰囲気や風貌は、確かに年不相応に幼いように見えた。
彼ら彼女らは、中学校の同級生らが受験に切磋琢磨している中、学校から逃げて酒池肉林の限りを尽くしていたのだろうから。

そして、私が彼らの高校に在籍していたのは、
2007年から2008年にかけての、通信制へ転籍するまでの間だが、
当時あの場に、ニコ厨といった類の人間は存在しなかった。

それは、彼らが一般人に他ならないからだろう。
ニコニコ動画が生まれたのは2006年な上、パソコンの授業でもキーボードの配置記憶すら怪しかったので、
私のように引きこもってパソコンとしか向き合わなかった人間は、非常に少数派だったのだろう。

「『ビッチ』って何だよ? 英語で『妖精』って意味か?」
「俺、今日自分の家から飛行機に乗って学校に来たんだぜ! ……いや、そこは突っ込めよw」
「六畳の部屋って広いねぇ?。え? ウチの部屋もそれくらいかな!! まぁ狭くはないよ」
「この高校やめて別の高校に行こうかなぁ?、そこは週一しか授業がないけど校則がない上、早稲田に進学した人がいるし! この高校より良いじゃん!!」
「俺さー、お父さんの会社の跡取りなんだけど、家だと心が休まる時間がないわー。学校の方が楽だなー(常習犯)」
「いくら注意しても、家で社員から『若! 若!』って言われるのは辛いわw(常習犯)」
「ギアスでさ、『脱げ!』って命令したらハーレムじゃね?w」
「にぱー☆」

その上、あの高校の生徒はクラスで見ていてもどこかズレていた。
本質的な感性、価値観、嗜好――そして言動までもが、ニコ厨のように幼いのだ。
それも、日常的に。

彼らが不登校の期間、何をしていたのかは定かではない。
友達と遊びほうけていたのかもしれないし、非行を繰り返していたのかもしれない。
中には、ただ引きこもってゲームをやっていた生徒だって存在するだろう。

また電子掲示板を眺めていると、
まれに「パソコンのないニートって実在するの?」と言った類の書き込みを見ることがあるが、恐らく彼らがそれだったのだろう。

彼らは楽な方へと生きてきたのに加え、狭いコミュニティの中で閉じこもっていたからか、
はたまた属さずに他者とも交わらなかったゆえ、時間が止まったままなのだ。

私は、そんな彼らが大嫌いだった。
だから誰とも関わらず、無言を貫いては近寄りがたい雰囲気を作り、
林間学校では広大な丘を目の当たりにして、愚直にも自分の欲求へ従って彼らの前で転がったりもした。
そして、そこではお互いに人間関係の取捨選択が成立していたのだ。

例えばインターネット上において、
コミュニケーションツールとして常駐しているスカイプメッセンジャーで、変なウィンドウに呼ばれたとする。
その際、参加者に魅力を感じなければ黙って退席するだろうし、場合によっては荒らしたり素っ頓狂なキャラを演じたり声無き亡霊でいるかもしれない。
だが、私はその場から退席――退学することが難しかったのだから、消極的に後者を選ばざるを得なかったのだ。

現実とインターネットは違うし、私は協調性がなかったのかもしれない。
だがそれでも、私は彼らと交わることで、より純度の高いキチガイにはなりたくなかった。自分の中のキチガイだけで完結させたかったのだ。
ただでさえ学校の授業が苦痛だったのに、キチガイと卒業まで毎日交わるのは、自傷行為に他ならないのだから。
……それでも私は、二年生で学校すら取捨選択をして、通信制へと転籍してしまったが。


不思議なほど、このカラオケと私の高校時代は一致していた。

二週間前、私はVV君と一緒に映画「けいおん!」を見に行った際、
高校時代と違って、現実の対面でもお互いにインターネット上と遜色なく会話もできた上、
映画館、ラーメン屋、メロンブックスとらのあなメイド喫茶を巡り、お互いに充実した一日を過ごせたように感じた。

そして成人式前日。
VV君がカラオケへと誘うのに対し、私は二週間前の一件で確信を持っていたのに加え、
彼らと「オタク」という素性を知った上で会話の接点を見出し、健常者として接したいと強く願い、参加を表明する。

だが参加後、VV君は何もサポートをしなかった。
挙げ句、その細部は思い描いていたものとは別物で、幼い彼らと長時間にわたって付き合うこととなり、
私は健常者どころかキチガイへと追い詰められ、会話の接点は完全に死んだのだった。

言うならば、VV君は言葉巧みに勧誘をする教員に準ずる。
それを踏まえれば、これは私が最初に体験入学をしてから、最終的に転籍するまでの過程が濃縮されているのだ。

――私は、私でありたかった。
キチガイには……なりたくなかった。


カウンター前。
千本桜厨によって会計が済まされた後、カラオケの入り口付近へと移ると、割り勘によって精算が行われる。
それによって、私は自分の頼んだ「スパカツ!ボロネーゼ」と「キューティーハニートースト」の利益を受け、
フードメニューを頼んでいない彼らは損失を被っていることになるのだが、こんなことでキチガイは治らず、精算されないのだ。

「……もう帰りたい?」
外がたそがれの色に染まりかけている中、VV君は物悲しげな目つきで、私の心に問いかける。
私は途中から、歌う時以外はずっと顔をうつむかせていたため、彼は察していたのだろう。
疑問形で尋ねたのは、後悔の念と、後ろめたい期待にさいなまれていたことによるものか。

「……お釣り、500円要る?」
「………………いや、いい」
この500円は彼なりの懺悔だったのかもしれないが、私はこれに応じずに、真顔で彼から顔をそらす。
どうしてこうなったのか、誰が悪いのか、考えがまとまらないのだ。


「じゃあこのまま解散、……かな?」
とぼとぼと。
カラオケを出て行き場もなく裏通りを散策していると、
ひぐらし厨の全員へと向けられた提案が私の背中を押すものの、彼らはそれに対して何も返事をしない。

「……うーん、駅前まで行ってみるー?」
その挙げ句、ひぐらし厨は十分もたたない内に奇妙な提案を打ち出すと、
彼らはお互いに顔を見合わせて、まだらに並んで駅へと向かい、私はその後をとぼとぼと追う。

空気が、対照的だ。
恐らく彼らの潜在意識の中では、この後に愉快な二次会三次会が行われる算段なのだろうが、
やはりそれは、彼らの価値観の中で構成されたものに他ならないのだ。

――ふと、そんなことを考えていると、タクシーが私の後ろから彼らの横へと徐行する。

今しか、ない。
彼らが、楽しい時間を過ごすためには。
お互いが、これ以上不幸にならないためには。
キチガイから、健常者に戻るためには。
取捨選択を、するには。

今しか、ないのだ。

「じゃあちょっと……、僕は寄るところがあるんで……、お疲れ様でした」
私はそう告げて、彼らに向かってお辞儀をする。

そして頭を上げると、スタート合図を受けた陸上選手のように勢いを付け、
後ろからタクシーの左側へ駆け込むと、右腕を運転手に向かって斜め上へと伸ばし、大きく自己主張をする。

「ぁ……」
「おーぅ」
「ん、おつかれ」
「おつかれー!」
「んーん」
扉が開くと同時に、彼らの申し訳程度の社交辞令が耳に入るが、私は逃げるようにタクシーへと乗り込んだのだった。


(千本桜はもう……、聴きたくない)
(あれが流れてから……、すべてが歪んだ気がするのだから)

タクシーに揺られながら、散々な成人式だったと振り返る。
だが、彼ら――高校の人間とは、二度と会わない。
だからこそ、最後の方は嫌がらせに徹底した。

私は愚かにも、その認識が薄まっていた。
二週間前、高校時代には成し得なかった、VV君と現実での対面会話が成立し、
高校時代の私はキチガイだったのではないのかと、誤認をしていていたのだが、
実はキチガイだったのは彼らで、それを再認識できただけでも、十分な成人式であったと言えるのだ。


自宅に帰ると、私を迎え入れる者は誰もいなかった。
家族はみんな、出かけていたのだろう。

そのまま私は畳の自室へと戻り、PCの前で体育座りの姿勢を取ると、途端に会場を出る時に気がかりであったことを思い出す。
それは、結局会うことがかなわなかった、小中学校の同級生らの動向だった。

一時的に同じ空間に居ながらも、私の観測が及ばないところでどう過ごしたのだろうか。
そのわずかな疑問は好奇心を生み、小中学校のmixi同級生の中で数少ないマイミクであった同級生から、動向を探ることにする。

[mixi]☆☆@○○さんのつぶやき
☆☆@○○: 成人式行ってきます(^o^)/ (01月09日)
☆☆@○○: これ中学以前の同級生に会える気がしないwwwwwwwwwwwwwwwwww (01月09日)

(……そりゃ、あの混み具合では会えるわけがない)
そのつぶやきを見て、胸の内に抱いたのは同情と安堵が入り混じった感情であった。

(……だって、俺の身の回りでの成人式と同窓会の体験談だなんて、数百人しか参加しない、町規模の公民館での開催しか連想させられなかったのだから)
(……今回のように数万人が参加する、市規模のコンサートホールでの開催とはわけが違う)
つまり彼のケースに当てはめると、私はまだ「マシ」であったと言えるのだ。

こんな事実でも、すぐに受け入れることはできそうにない。
だが、それでも誘ってくれたVV君にはひとまず感謝をしたかった。
もしもカラオケに同行せず、意地を張って他の同級生を探していたのであれば、惨劇が待ち構えていたのだろうから。

そう考えれば、後悔なんて、あるわけない。
こういう経験も、また貴重な財産なのだろう。

だから私は今後、全容の分からない誘いには疑ってかかろう。
そして私も、他人を誘う際には不幸にならないよう、全容を明かして誘おう。

私はそれが当たり前のようでいて、まるで分からなかった。
だけども、それが分かっただけでこのカラオケは価値のあるものだったのだ。

[mixi]☆☆@○○さんのつぶやき
☆☆@○○: 中学の同窓会に参戦する事になったよ(^o^)/ (01月09日)

私の目には、おやすみ君の顔文字が映っていた。
スクロールを、したのだから。

途端に、さっきの思案が、空回りする。

ちぐはぐする。

つぶやきの意図が、よく、汲み取れない。

[mixi]☆☆@○○さんのつぶやき
☆☆@○○: 男性陣はまだ誰かわかるんだが女性陣…( ̄▽ ̄;) (01月09日)

スクロールをしたのは、怖いもの見たさだった。

途端に、全身から内臓が押し出されるような衝撃に襲われ、
気圧が下がったような錯覚から、息苦しさをも覚える。

心臓は、喉から飛びだしそうなほどに動悸を刻んでいて、
全身を抑えるつもりで顔を覆うと、初めて両手から汗がじんわりと出ていたことを認識し、
私は体育座りのまま、隙間なく身を丸めたのだった。

この事態を理解しようと――受け入れようと、私は思いを巡らせる。
恐らく、一分にも満たなかったはずだが、その拷問は永遠にも等しく引き伸ばされていた。

……単純な答え。
彼は、中学校――同地区の小学校の同級生を含めた同窓会に参加している。
ただ、それだけの話なのだ。


彼は、会えたのだ。
あのコンサートホールで、同級生に会えたのだ。

これ以外のつぶやきから、恐らく彼一人での参加だったのは間違いない。
だがそれでも彼は同窓会へと参加していて、当時好きだった娘、当時残念だった娘の成長を見届けているという。

私も、そんな様変わりした同級生の姿を目に収めたかった。

また、会話もしたかった。
小学校とは不思議な空間で、お互いに共通点さえあれば、
いじめられっ子といじめっ子の間でも会話が成立してしまうので、
同窓会でも同様に、会話の余地は生じるのだ。

一言、二言止まりでも、無視されてもいい。
それが、私の成人式になるのだから。


――やはり、私が参加したあれは成人式ではなかったのだ。
高校の人間に会う意義が、あったとは感じられないのだから。

思えば、高校の質は人間の最終的なアウトプットに近い。
高校の進路のレベルは一貫しているため、そこから這い上がる人間は極めてまれな事例で、
彼らの体格と風貌が、当時と同じく垢抜けていなかった事実がそれを裏付けている。

実際に、彼らの進路はむごかった。
親のコネで、県外のエアキャップ工場に就職した人間。
遊ぶために、ゲームの専門学校に進学したような人間。
他に一人、専門学校に進学しておきながら、高校入学前のように不登校児となって留年した挙げ句、アルバイトの面接にすら何度も落ちて、フリーターへと路線変更ができない人間。
そして、引きこもりである私。

しかし一方で、小中学校の同級生の進路はかなり枝分かれしている。
上京して理科二類SFC、マーチに入った子。
試験に合格して国家公務員となった子。
アニメ・デザイン科の専門学校に入った子、フリーターとなった子、昔と変わらずに感情の起伏が激しそうでわんぱくな子。
……私。

私は愚かにも、三年ぶりに顔を合わせに行っただけだったのだ。
当時大嫌いだった彼らに。
何も変わっていなかった、大嫌いな彼らに。

[2012/01/09 9:55:42] VV: (オタ)

そして結末は、この一行がスカイプのチャットサーバーに送信された瞬間に決まっていた。

顔見知りで、オタク。
同級生で、オタク。
近所で、オタク。

友達の少ない私にとって、それはあまりにも出来すぎていた。
だが、私はその魅力の虜になるあまり、会場で同級生を探すことを放棄した。
そこには一切の疑念もなく、どうせ会えるわけがないだろう、と。

「一時の同窓会よりも、一生の友達を作りたい」
あの一行から、プランニングはそこまで推し進められていた。

「一生、会いたくない」
それなのに、私の心中に浮かぶのは、明確な現実だ。

にわかオタクが許せるのは、友達や恋人の間柄だけなのだ。
恐らく、それ以外で惹かれる要素があって、関係を築いてきたのだから。

ところが、あまり親しくもなく、人柄も分からない人間と関係を築くにあたって、
にわかオタクだということに目をつむり、わざわざ魅力を探そうと、付き合おうとは思わない。
その行為は、地盤が固まっておらず、液状化の危険性がある土地に家を築こうとするぐらい愚かなのだから。

ひぐらし厨は……何を勧めても『面白い』って言ってくれて、具体的な感想を述べてくれないのが……」
しかも二週間前、VV君はこんなことを口にしていた。

これは、関係を築いてきたというだけの単純な話ではないのだ。
VV君は、そのコミュニティの中で高度な存在となって、自分の色に染め上げることに快楽を覚えるのだろう。

彼は、すべてを知っていた。
友達が、にわかオタクであったことを。
その上で、私は誘われたのだ。

一方で、私は何も知らなかった。
ひぐらし厨を含め、誰が参加するのか。
彼の掲げるオタクの定義、にわかオタクに対する姿勢を。

「……うん、しんし君と同じく普段もスカイプ上で話し合っているぜ」
どうして、この日を選んで誘われたのかも。

また前日、私は家族と親戚へ、成人式に参加することを伝えていた。
だが、この成人式とは考えがたい、違和感が募るカラオケを、どう伝えれば良いのだろうか?
どのように伝えろと、言うのだろうか?

祖父から昔のスーツを譲ってもらったことも、わざわざ母親からビジネスブーツまで買ってもらったことだってそうだ。
たかが引きこもりが晴れ舞台でもないカラオケで、そんな重装備を身にまとう必要性があったとは思えない。
明らかにオーバースペック――自意識過剰。

私は、失敗しても良かったのだ。

もとより、成人式には参加しなかった新成人。
参加をしても、二次会には行くまいと決意を固めていた新成人。
目の前で、同級生から同窓会にすら呼ばれず、自意識過剰の様相を呈した新成人。
成人式で浮ついたあまり逮捕され、市長への謝罪巡りをするはめとなった新成人。
同窓会で泥酔し、成人式で感じていたギャップ、本心を表面に出してしまった新成人。

この新成人たちは、失敗を経験した。
それはいずれも自分が選択した結末で、自分の成人式が、そこには存在している。

だが、私は選択することはおろか、失敗することさえも奪われた。
それは、成人式に参加していないのと同じことだった。
あの一行の文字列によって、壊されたのだから。

不完全燃焼どころではない。
取り出したマッチ箱をはたき落とされ、バラバラとなったマッチ棒を見つめているような、そんな奇怪な感覚。

……私は、失敗したかったのだ。


(そうだ! あの高校のやつらって小中学校で問題があったんだからあの高校に来ていたんじゃん!)
(……だから、俺を小中学校の同級生から遠ざけたのか!?)

あのつぶやきを目にしてから身を丸めたまま、一時間がたったような気がした。
ずっと、激越な考えが脳裏に浮かんでは消え、消えては浮くことを繰り返し続けていたが、
それは同じアイテムで「かいにきた」と「うりにきた」の動作を繰り返すような、不毛に身を削る行為に他ならないのだ。

その一方で、気圧の下がった空気は殺意を持って変化し、私を窒息させようとしていた。
閉塞感は増すばかりで、空気、身の回りのものすべてが、敵なのだと、妄想があらぬ方向に曲がる。

[2012/01/09 21:24:54] しんし: はぁ
[2012/01/09 21:24:56] しんし: しょうもねえ

そんな私が取った行動は、顔を覆っていた両手をたどたどしい手つきでキーボードに乗せ、
矛先をスカイプのウィンドウへと向けること……この息苦しさから開放されることだった。

[2012/01/09 21:29:19] しんし: 盛大に詐欺だった。

VV君と別れてから、彼はまだスカイプにログインしていない。
それなのに、私はその発言をどう伝えたいのか、どこに向けたいのか、ねらいも定まらないまま、重々しい矛をでたらめに振り回そうとしていた。
……しかし、その攻撃は命中精度も低く、隙を作る自殺行為に他ならないのだ。

「俺でさえ夜通し参加していたぞ?」
「言っておくけど、成人式後はみんなセックスしてるよ」
「同窓会で酒飲まなかったの?」
スカイプのメンバーはそれに応戦し、ただただ私の成人式を否定する。
それはとても的確な攻撃で、隙さえも与えず、美しささえ感じられる。

それに対する応戦、自己擁護だなんてできなかった。
というより、否定しなければならないのだ。
あれを成人式だとは、認めてはならないのだから。


(……途中参加だなんて、できるわけがない)
誰も私を守ってくれず、受け入れてくれなかった。
(もう……成人式は……おしまいなんだ……)
新たに身体の震えが現れ、畳が重い泥のようにぐにゃりと歪む違和感を覚える。
(どうすれば、いいの……?)
意識が、薄弱する。

このままでは、衝動的に自殺を試みてしまうかもしれない。
このままでは、衝動的に殺人を犯してしまうかもしれない。
そんな、精神状態だった。

しかしそれでも、本能は生に執着しようと懸命に抗い、衝動的な解決策へと至る。
それは、これを上回る快楽を得るという、短絡的な方法。

とっさに、私はよろける身体を無理に起こし、自分の部屋から居間へと向かってあるものを探すと、すぐにそれは見つかる。
そして、私はそれを逆手に取ると、いくつかの器と合わせて、自分の部屋へと持ち出したのだった。

部屋に戻ると、私はすぐにそれのキャップを外して器へとなみなみ注ぎ、器を持ってそのまま口へと含むのだが、思わず顔をしかめるほどにまずい。
まるで冷や飯に生クリームを混ぜたような、どういう方向性を目指したいのかが分からない、嫌な甘ったるさが残る味で、
問題のそれには「本格芋焼酎」というラベルが貼られてある。


「全部狂ってんだよ!」
「VVのせいだよー!」
だが、それは些細な問題でしかなかった。
耐え忍んで二合目を口にした時から酔いは回り、理性をも上回る本能を、スカイプ通話上では剥き出しにしてくれていたのだ。
それはまるで壊れたテープレコーダーのように連呼を繰り返し、声はすり減ったカセットのように途切れ途切れで上ずってかすれ、時々奇声を上げては音割れをしていただろう。

「本当に全部ねー! 全部責任を押し付けるとねー! VVが悪い! 全部!!」
私は「本格芋焼酎」のボトルが空になるまで飲み干すと、
あぐらをかいた状態で、先ほどとはまた違った心地良さで腰は揺れ動き、次第に上半身が前のめりに畳へと倒れ込みながらも、奇声を上げていた。
不幸と言うべきか、そんな状態になってまでもマイクは声を拾ってくれて、VV君は未だに帰宅していないのにも関わらず、私は数年前に成人式を終えたスカイプのメンバーに対し、意味もなく絡んでいたのだった。

「だから! 酔っ払って寝ている最中に死亡とか! よくニュースで見ちゃうだもん! 僕は寝ない! ずっと起きている! 酔いが覚めるまで!」
「これが健常者のフラグ立ってんだよ! これがァね、長生きするためのフラグ立ってんだよ! ……分かるか?」
「死にたいとか普段言ってるけどねェ、未練あるんだよ、この世の中にはいっぱァい!」
「未練が、あるんだよ……」「死にたくないよぉ!」「死にたくない……よォ……」「死にたくないよー!」
メンバーが私に飽きたのか、さっきまでの会話の流れで、私に寝るように催促したのが引き金となり、
私は矛先を自らの生存本能へと切り替えると、口数が増す一方で声は徐々にすり減り、弱々しくなっていったのだった。

「……ぃぁん、……ん……ん、……ぜったい……ぜったいに……」
「お! 『ゼロの使い魔(F、一話)』始まったど!!」
そして十分後、私の声はもはやメンバーの誰もが聞き取れないほどに弱くなると、
私への関心までもが弱まり、その意識はアニメへと向けられてしまう。

それでも、私は新たなコミュニケーションを見出したかったのだが、
脳は次の指令を出せないまま行き詰まり、前のめりの体制での硬直が始まると、
世代交代で忘れ去られたテープレコーダーの電池が切れたように、眠りへと落ちていったのだった。


(……死んでいなかった)
翌朝、目覚めると頭は重く、ほんのりとした吐き気を覚えるほどの二日酔いに蝕まれているが、
この症状を除けば異常はどこにも見受けられず、むしろ二日酔いによって落ち着きを取り戻している。

(……なんで家で酒飲んでたんだろ)
目はかすみ、口を半開きにしている中で呆然と座り尽くしていると、
私の脳裏では、漠然とした後悔が行き場もなく垂れ流され、また淡い感情に支配されつつあったのだった

(……また、見るか)
不快に後悔で堂々巡りする中、それを終わらせようと浮かんだ解決策は、
再度、小中学校のmixi同級生の中で数少ないマイミクである彼がしたつぶやきを冷静に再認識し、
ありのままの事実を受け止めて、成人式を終わらせるということ。

私は淡々といくつものリンクをたどり、同級生のページヘとアクセスをするが、
つぶやきの他に、あるコンテンツが更新されていることを確認したのと同時に、ピクリとマウスを握る手が止まったのだった。

最新の日記
01月10日 成人式!!

そのコンテンツを開くのは、とても危険だった。
こんな焦点の定まっていない状態でも、また昨日のようにぶり返す気がして怖いのだから。

しかし開かなければ、後ろ髪を引かれる思いで後悔は加速するばかりではなく、
後にこの日記が削除されてしまうようであれば、一生それが解消することはかなわない。

それに私の20年間の人生において、
電子掲示板で集中砲火を受け、スレを閉じるといった行為を一度もしてこなかったのは、
「集中砲火を受けて『いる』」という現在形で胸に残り続けるよりも、「集中砲火を受けて『いた』」という過去形で終わらせれば、後に何も残らないという私の性質に他ならない。

だからクリックをすればそれで終わりなのだと、自分にそう言い聞かせながら、
時間がたつ内にどうにか覚悟が固まると、私は意を決してクリックし、同時に強く目をつぶったのだった。

[mixi] ☆☆@○○さんの日記
んで小学校の同級生と何人かあって式離脱
 
中学校の同窓会へ!!
 
男性陣はそこそこわかるんだけど・・・
女性陣えっ・・・
 
誰が誰かわからず声かけれねぇw
てかあれは異次元だったマジでwww
なんか学校では絶対見ない光景がそこにあったwwwwwwww
まぁ、同窓会自体はそこそこ食べたり飲んだりしてそれなりに楽しかったよ
自分が中学時代仲良くしてた面子があまり来てなかったけど汗
てか中学時代自体黒歴史ですからねw
今の俺からは考えられないよ・・・

徐々に目を見開いていくと、私はほっと胸をなでおろす。

慣れ、だろうか。
その日記はつぶやきを焼き直したような内容であったため、私は至って冷静に本文を読んでいたのだ。

ただ、彼は「それなりに楽しかった」ようで、
それは素直にうらやましく、同時に恨めしいと静かに思い、私は次の行動へと移る。

コメント
しんし2012年01月10日 削除
僕も成人式に参加したかったです。

それは誰に向けた当てつけだったのか、自分でも分からなかった。

同級生は、私を認識していない。
私も、同級生を認識していない。

そして、スカイプメンバーと親族以外に、私は「行く」とは公言しておらず、
現段階で私が参加していたことを認識しているのは、スカイプメンバーと高校時代の彼ら以外には存在しない。

だから彼にとってこの書き込みはなんら不思議ではなく、私が成人式を認めたくないという思いに揺るぎはなかったのだ。

コメント
☆☆@○○2012年01月10日
しんしさん
お前見たかったよ;; まぁ、元気そうで何よりだ^^

思いが、事実へと転換された瞬間であった。
でも、どうせなら無視をしてくれた方がずっとマシだった。

私だって、会いたかった。
当時でしゃばりで小柄だった彼が、多感な思春期を経てどう形成されたのかが見たかった。

彼とは小学校の中学年の時に限ってよく遊んでいたが、
そんな彼でもこのコメントは社交辞令で言っただけで、実際に会ったら会話もしてくれなかったかもしれない。

だけど、他人と彼との会話を横から聞いているだけでもいい。
そこから、彼の実態が分かるのだから。


――どうして、こうなったのかは分からない。

何かが崩れれば、彼らとも良好な交友関係を築けたかもしれない。

ただ、一つだけはっきりしていることがある。

私は

これからずっと

「成人式には、やっぱり行かなかったよ」

と、言い続けるのだ。


その夜、母親に告げたように。