ソープに挑んだ真性童貞の末路 下

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ソープに挑んだ真性童貞の末路 上

「……縄、解こうか」
すると嬢は、一つの提案を持ち出す。
恐らく、縄のせいで俺に負担がかかっていると判断したのだろう。
俺は胸揉みの一件もあって、その提案に賛同すると、嬢は縄に手をかける。

「ソープで勃たない人って結構いるんですか……?」
その途中、解かれながら尋ねる。
「うん、居るよー! 『緊張』しちゃうとちょっとねー……」
緊張……そうか、俺は未だに緊張が尾を引いて、心理的要因でまともに勃起出来ないのか……
そして居るのか。他に俺のような惨めな思いをしていた奴らが……

……同調意見が欲しくて尋ねたのにも関わらず、よく分からなかった。
もしも俺が「これまで類を見なかった”物珍しい客”」だったとしても、
嬢はリピートをしてもらう為に、興を削ぐような事を言うはずも無く、営業トークでこう切り返す他ないのだ。

……ああ駄目だ、疑心暗鬼で思考が麻痺して来る……
何も考えたくない……聞く話全てが営業トークにしか聞こえない……
自分が惨めだ……最悪だ……自己嫌悪に至ってしまう……


「あざ出来てる……w」
……ぼんやりと自分の世界へ入り浸っていると、いつの間に縄が解き終えていたのか、嬢は苦笑混じりに驚きの声を上げる。
あんなに優しくゆったりと締めていたのにも関わらず、手首には縄のあざが出来ていたのだ。
結ぶのに時間が掛かったのは、力加減が難しかったからなのだろうか。

……だとすれば、その気遣いを受け取る事が出来ず、
結ばれている最中に、時間稼ぎだと疑っていた自分が、途端に恥ずかしくなってくる。
……もはや、何を考えても自分を陥れてしまうようだった。


「何かやりたい事ないぃ……?」
仰向けのまま、漠然と思考を重ねていると、嬢から尋ねられる。
M性感コースは、基本的に女性からのリードによって成り立つサービスなのだが、万策が尽きたのだろう。
……いや、そもそも縄を解かれた時点で、もはやこれはM性感コースでは無いのかもしれない。

「……ディープキスがしたいです」
そして、答えは俺の中ですでに決まっていた。
実はこれは、セックスの次にしたいプレイであったのだ。

というのも、舌は日常生活で露出しておきながらも、
ペニスと同じ、またはそれ以上に神経が敏感な器官であり、加えて味覚まで存在しているのだ。
それが本能を剥き出しにして絡ませ、味覚、唾液、感触、吐息を共有し合う……これ程までにエロいプレイも無いと思っていたのだ。

……そしてそれを聞き入れた嬢は、俺にのしかかる形で顔を近づけ、だらしない顔で口を小さく開いて舌を出す。
緊張の一時。これは童貞喪失と同じか、それ以上に尊い
……俺もそれに応える形で、口を開く。

「ペチャ……んん……」
嬢の舌が口内に侵入し、俺の唇から、舌、歯に至るまでを舐め回す。

(……なんだこりゃ?)
……最初に味覚を感じ取り、思った事はそれだった。

(これ……さっき飲んだイソジンの味か……?)
(鉄臭い……下手をしたらコンドームの味までしているような……)
そう、俺は口内でイソジンとコンドームの味のような物を、認識していたのだ。
……だが、その味だけならまだいい。

(あー……このわずかに感じるアルカリ性の味って……射精し損ねたペニスから出たカウパー……?)
……それよりも大きく、嫌悪感を煽る心理的要因があったのだ。

そして感触も微妙だった。
嬢の舌は、キュッとした身体に反して、俺よりも大分ふくよかで、
それは、自分で巻き舌をする感触となんら変わりないのだ。

(……ジメジメしてる。……気持ち悪い)
違う点は、多少水気のある事。
……そして、アルカリの味がする事だった。

さらにその最中、嬢は熱を帯びた吐息を何度も何度も吐き出す。
……それは無臭のように感じるが、熱からは湯気のように尾を引く臭いが発生し、
やはりそれは、どことなくアルカリ臭がするのだ。

理想とは大きなズレが生じ、失意へと沈んでいく中、
ふと、視線を口から嬢の顔に移すと、距離が近いからか、黒いアイメイクが浮いているように見えるのだ。
(そういえばシャワー中、顔には当ててなかったな……。メイクを取るとどうなるんだろう……)
……そして失意にまみれた俺は、理性を取り戻し始める。

それからなおも、死体のように呆然と口を開けたまま、舌の侵食を受け続けるが、
見よう見まねでそれを受けるような事はしても、こちらから侵入する事を一切しなかったので、マグロ以外の何者でもなく、
時々歯で嬢の舌を噛んでしまう等と、プレイにも粗が目立って申し訳が立たなくなってしまい、更に俺は卑屈になっていくようだった。

そして最後に、俺の唇と舌を何度かにわたって唾液で汚されると、嬢の顔が遠のき、ディープキスを終える。
少し前なら、付着している唾液で興奮が昂ぶっただろうが、今となっては少し粘着性のある液体で濡れているという程度の認識でしかなく、
ディープキスに対する幻想が、完全に崩壊した瞬間であった。


「……勃ちませんね」
少し間を置いた後、どうした物かとついに弱音を漏らしてしまう。
「昨日寝てないせいで勃たないんでしょー。起きてて何やってたの? ゲーム?」
だがそれに対し、嬢はすかさず嫌な空気にはさせまいと話題を提供してくれたのだった。

「うーん、そんなところです……」
しかし一方で俺はその好意を汲み取れず、ただ言われたままに相槌を打つ。

実際のところは、パソコンからネット上で、時間を潰していただけのだったのだが、
「パソコン」だなんてワードを出しても、漠然としていて説明が面倒な上に、
俺はずっと受け身になって会話をしていた為、嬢の趣味は明らかではなく、
趣味と偏見の持ち様によっては、オタクの遊びと思われるのが癪だったのだ。

「どんなゲームやってたの? エッチなゲーム?」
しかしいざ「ゲーム」についての言及を受けると、この回答も漠然としていて、対応がめんどくさい事に気付く。
やはり、職業質問のように嘘を重ねても、煮え湯を飲まされるだけなのだ。

「あぁいや、パソコンとかも……」
だから俺は少しでも答えやすくする為、曖昧かつ正直に返す。
このように複数形で答えれば、話の軸はパソコンへと移り、安易な嘘吐きにはならないからだ。

「パソコンでカチカチやってたんだ。エッチなサイトとか見てたの? それでオナニーとかやってたんじゃないの?」
「なんかこういう質問してると変態っぽいね」
それが功を奏するが、嬢は顔を妖しくニヤ付かせながら、あからさまに猥談の方向へ持って行こうとする。
……これは何なのだろうか?

…………ここで一つ思い出す。
このM性感コースは、標準オプションとして「言葉責め」の他にも、「痴女」が付いているのだが、
今俺はまさに、その二つを同時に行われているのではないのだろうか?

だとすれば嬢は、この何気ない会話にも気配りを効かせ、
色々と趣向を変えて俺にキッカケを与え、頑張ってもらおうとしているのだろう。
そのプロ精神には、感服させられる。

「いえ……実はこの日の為に一週間ぐらいやってないです……」
俺はその好意に応え、たどたどしくも正直に告げる。
それでこの有様だというのだから、本当に情けなくてならない。

「えぇー、3日に一回は出さないと駄目だよ。じゃないと勃たないw」
それに対し、嬢は苦笑を浮かべる。
この嬢は自分から話題を振ってくれる上、どんな発言に対しても笑顔で楽しそうに受け答えしてくれ、本当に話しやすいといえるだろう。

「……ああ、そうなんですか」 
…………だが、皮肉にも嬢のそれは結果が伴わない。
引きこもりの俺は、目を合わせて会話をする事に耐性が無い為、会話のキャッチボールが成立せず、
この一連の会話は、嬢の努力を踏みにじっただけで終わり、そのままフェードアウトしたのだった……


「……他に何かやりたい事無いー?」
それから間を置いて、嬢はまた同じ事を尋ねて来る。
トークがダメだと悟ると、身体で感じさせる他ないと判断したのだろう。

「……じゃあ、素股を」
もはやセックスが出来ない可能性を、危惧する段階へと入り始めていた。
だとすれば、感触だけでも味あわなければならない。

「素股ね、いいよー」
嬢は間髪入れず、二つ返事で軽快に引き受けてくれ、
”おもちゃ箱”からまたローションを取り出すと、今度はペニスにだらりと垂らされる。

「ひんっ!」
熱を最も感じる部位だからか、俺は声を大きく上げて身体を仰け反らせてしまい、
嬢はクスリと笑うが、それでも肌にはすぐなじんだのだった。

これで準備は整い、嬢はひざ立ちの体制で、身体の位置を俺の股間へと移し出すが、
ここで一点の疑問が浮上する。

(……あれ、ゴムは付けなくていいのか?)

そう、コンドームを用意されたのはアナル責めの時だけで、以降は全く見当たらなかったのだ。
もしも事故で入ってしまったら、どうなるのか?
……インターホンですぐ様怖い人を呼び込まれ、出禁の誓約書を書かされるのだろうか?

(いや、それだけで済めばまだいいが……)
……そう考えると、また新たな不安要素が俺の身に降りかかるのだった。

しかし嬢はお構いなしにといった具合の落ち着いた動作で、ペニスとヴァギナを騎乗位の体位で密着させる。
この感触は「肉質のある花弁」のようであり、それを確かめたところで、
嬢がベッドに手を置くと、前後へと淫らに動きが始まり、長い茶髪が宙を舞う。

すると、萎えたペニスが上向きで俺自身の腹に押し付けられ、
ヴァギナの割れ目に隙間なく埋まると、入っているかのような錯覚に襲われて寒気がし、
これも他のプレイと同じで、感触以外には何も感じられず、気持ちよくないのだ。

…………いや、それどころか不安を忘れる程に痛い!
嬢の体重の何割かが、ペニスにのしかかって来るのだ!!

痛い、圧力でペニスが壊死してしまうかもしれない。
上向きとなったペニスに、裏スジへのダイレクトアタックが絶えずに続く!
そしてそれは、今にも俺自身の腹へとめり込み、埋もれようとするのだ!!

(やめてくれ、痛い。やめて、やめてやめてやめて!!)
(あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!)

……痛さのあまり、意識や感覚までもが朦朧としてくる。
だが、これを頼んだのは俺であり、今更撤回なんて出来ないのだ。

(早く終われ……早く終われ……早く終われ……!!)
だから俺に出来るのは、ひたすら終わるのを祈り続けるだけ。
そしてその苦悩は、顔をも歪ませた。

……! ……それから、1分もしないうちに、動きが止まる。
気が付くと嬢は、顔を見下ろして俺の表情を見つめていたのだ。
表情からすぐに、違和感を覚えたのだろう。


(ああ……なんともひどい目に…………んん?)
感傷に浸る暇もなく何かが、顔に被される。
いつの間にか嬢は俺へとなだれ込み、顔がすぐ目と鼻の先にあったのだが、
口元に当たる感触はそれとは全く異なっており、俺は目でその感触の元を確かめる。

それは豊満なおっぱいだった。
あんなに焦らされ続けて触りたかったおっぱいが、俺の口元を大胆に覆っていたのだ。
そして上下にゆったりと、触れてはすぐに離れるという動作を繰り返す内に、
今度は乳首の位置を定め、俺の唇に、何度も、何度も密着させると、
そのもどかしい動作が、失いかけていた情欲をまたかきたてる。
こうも大胆に誘われるという事は、舐める事でようやく嬢へ応える事が出来るのだ。

……だが、一点問題がある。
まず前提として、「『嬢への』全身リップ」のオプションは、
最初にカウンター上で「80分M性感コース」より上質な、「100分M性感コース」を選ばなければ付いて来ないのだ。

(……勝手にオプションに無い事をやってしまっていいのだろうか?)
(……いや、そんな事をしたらやっぱり怖い人を呼ばれて…………)
……空気を読めば、ここは行くべき場面なのだが、
一度葛藤が生じると、俺はもはや何も行動に移せない。

「……舐めてもいいんですか」
だから俺がこんな事を考えても、堂々巡りしてしまうだけなので、嬢に確認を入れたのだった。

「んー……?」
しかし曖昧。明確に返事はして来ない。
……つまり、空気を読み取れという事なのだろう。

(これは本当は駄目だけど、この状況下なら仕方ないという事なのだろうか……?)
……迷った俺は、歯を使わずに唇で、申し訳程度に乳首を噛んでみる。

(……?)
その乳首には違和感があった。
次に俺は舌を出し、唾液が一瞬で乾く程度に舐め、その違和感の元を確かめる。

…………やはり乳首が、硬く勃起しているのだ。

……なぜだろう? 俺は何もしていないのに……
……いや、嬢自らの乳首を俺の唇に摩擦させる事で、刺激を受けたのだろうか?
……それとも、演技も突き詰めると、自力で勃起出来るのだろうか?

……何はともあれ、これはチャンス。
このまま責め続ければ、嬢の可愛い喘ぎ声が部屋中に響き渡り、
陶酔に身を委ねる事で、この風向きも変わって持ち直せる。
それに、いくら乱暴に舐めたからって乳首がもげる訳がなく、恐れる事は何もないのだ。

…………だけど、それでも駄目。
俺はそれ以上、自分から行動に起こすことが出来なかったのだ。

そう、オナニーがそうであるように、
俺はおっぱいに対し、どのようなリズムで舐め、どのようにアクセントを打てばいいのか分からず、
そのまま思考停止に陥り、ただ呆然と乳首を見つめていたのだった。

別に単調なリズムでも、嬢は「演技」という名目で、反応をしてくれただろう。
しかし、それを分かりきった上でやられるというのは、癪でしかないのだ。


さらに、予め”風俗の匿名掲示板”を調査した際、
風俗店で働く嬢たちの、愚痴スレを見た事がある。

そしてそこには、
「勘違い客な上に『下手』」「不潔でいて『下手』」「プライベートに干渉するな『下手くそ』」
等と技巧を取り上げ、客への愚痴を吐き出す書き込みが多かったのだ。

無論、この嬢も例外ではない。
今俺の前では明るく振る舞っているが、
嬢の過ごしてきた環境によっては、ネットと現実で人格を使い分けており、
過去にこのスレへ書き込んでいるという可能性だってあるのだ。

その上、女同士の陰口という物は恐ろしい。
掲示板であれば一方通行だが、現実で女が集まるとそれは何度も反響し合い、
愚痴を必要以上に大きなネタへと昇華させ、談笑し合うのだ。

……だからそんな見えないところで、嬢が愚痴を吐き出すような事が怖くて怖くて、
俺は自分から行動を起こす事が、臆病になってしまったのだった……。


「他にやりたい事無い? なんでも言って?」
ひたすら時間だけが過ぎると、嬢はおっぱいを引っ込め、
起き上がり様に、また希望するプレイを尋ねて来る。

(……これも駄目だったか。)
失意に打ちのめされ、もはや何も返せない。
あれもやった。これもやった。でも結果は駄目。
となると、もう何をやっても無益ではないか。

……いったい俺は何の為、M性感コースに10,000円を多く支払って、ソープコースを付けたのだろうか。
セックスがこのまま出来なければ、まるで意味が無いというのに……

「……………………んあッ!?」
突然、鼻の先を指で押され、驚いて声を上げてしまう。
「ほぉら?、早く答えなさい?。ツンツン」
嬢はそのまま爪先で、目や口をくすぐるように弄くり回す。
「早くしないと鼻の中に入れちゃうよぉ?……?」
そして、穴の周りをなぞり始めたのだった。

本当にこの嬢は場の空気を読み取り、それを換気するのが上手で健気だ……
ここまで醜態をさらしていれば、見限ってもおかしくないのにも関わらず、まだ俺の為に頑張ってくれるとは……
……だとすれば、俺も頑張るしかない!

俺は何をするか考える。
感触を確かめる意味でも、顔面騎乗がやりたいが、
それを選ぶと自発的に舐めなければならない為、ディープキスや乳舐めの二の舞となる上、
ヴァギナは臭いというのをよく聞くので、素股以上の敗北が目に見えている。
……それなら。


「じゃあパイズリをお願いします」
これを選んだのは、さっきまで口元に乳に触れていたのでなじみが深く、
そもそも最初の勃起要因が、嬢の全身リップとおっぱいであったからだ。

「しょ……んっ……」
そのまま嬢は嫌な顔をせずに聞き入れ、両手で乳を整えると、
仰向けのペニスに身体ごと胸を定め、一気に沈めたのだった。

…………包まれて、俺はおっぱいをペニスで、ハッキリと認識出来ずにいた。
目視した限り、おっぱいはペニスどころか、股までを被っており、
谷間の奥深くにはペニスが埋まっているのを確認出来るが、
そのたわわな感触は、股にしか訪れない。

……それもそのはず、素股で完全に萎えたペニスは、おっぱいよりも柔な物となって触覚が鈍り、
おっぱいの表面上の感触だけしか、感じ取れないでいたのだ。

そして程なくして、嬢は胸を上下に激しく揺さぶり始める。
…………しかし、これも射精には到底至らない。
この摩擦感は、暖を取る為に乾布摩擦で熱を生み出している感覚に近いのだ。

それから更に、プレイ……もとい乾布摩擦に順応していく内に、どんどんペニスが谷間の最奥へと抑え込まれると、
ペニスからハッキリとした感触を覚えるが、どこかゴワゴワとしていて、違和感がある。

(この違和感はなんだろうか……?)
不審に思った俺は、意識をペニスへと集中させる。

…………するとそこには、あばら骨の感触がただただ存在していた。
そう、俺のペニスは、谷間の奥底にある、あばら骨の窪みへと押されていたのだ。

つまり……これはあばら骨コキとなる……。
素股と違い、体重があまり乗っていなかっただけマシではあったが、
これが気持ちいい訳はなく、興ざめ以外の何者でもなかったのだ。


プルルルルルル!! プルルルルルル!!
すると突然、ひときわ大きいコール音が部屋中を鳴り響かせ、静寂が断ち切られる。

……これは考えたくも無いが、終了時間を告げるコール音なのだろうか?
いや、嬢は音を気にも留めず、視線の先は俺のペニスにあって、パイズリを続けている。
どうやら、終了を告げるコール音では無いようだ。

「後、何分で終わりですか……?」
だがその事実を認識した後でも、俺は嫌な予感がして嬢へ質問する。
というのも、俺はこのコール音を聴くまで、
ソープには時間制限があるという事が、頭の中から消え去っていたのだ。

「えーと……後、20分ぐらいですね」
嬢はヘッドボード上に置かれた時計へ視線を移すと、ありのままに残り時間を告げる。
つまり、このコースは80分なので、すでに1時間が経過していた事になるが、
一つ一つの経験が真新しかったからか、俺の体感時間では、未だに30分しか経過していない。

(早く勃起しなければいけない、その上で挿入、射精をしなくては……)
……時間とのギャップに焦りが生じ、俺は新たに考えを巡らせる。
……しかし冷静さを欠いては、プレイに集中出来ず、勃つ事も難しくなるのは目に見えている。
……つまり、もうどうしようも無いのだ。


……けれども、ここで変化が現れた。
俺は未だにパイズリを施されていく内に、別の部分でおっぱいを認識するようになっていたのだ。

それがふともも。
ふとももはペニスや股に比べ、脂肪と筋肉が蓄えられてあった為、
生の柔らかさが、効率良く伝わってくるのだ。

ふとももの上でおっぱいが大きく揺れ触れ、それが官能を刺激する。それ以上でもそれ以下でも無い。
嬢は皮肉にも、ペニスを擦っているつもりなのだろう。
しかし、俺は全神経をふとももへと集中していたのだった。

ムクムクムク……。
徐々に嬢の胸の中でペニスを奮い立たせると、半勃起程度までに自信を取り戻し、
ペニスによって、おっぱい本来の感触をも堪能できるようになって来る。

あの窮地からよくここまで復活したと、自分で自分を褒めちぎりたい。
残り時間からして、恐らくこれがこれがラストチャンスだろう。
(さあ、脳を騙して思考をボンヤリとさせるんだ。そしてこのまま……!!)


……? 嬢がパイズリをやめ、顔を上げる。ペニスへの変化が伝わったのだろうか。
何をするつもりか。もしかしてこのままセックスへと移るつもりか。
俺は大いに構わないが、半勃起程度では中折れしないだろうか?

……いや、この興奮状態ならまだまだ大きくなる可能性も秘めている。
それに、ヴァギナの感触は今もなお未知の領域であり、
そこに足を踏み込み、今まで同様に落胆するか、快楽に打ち震えるかはまだ分からないのだ。
つまり、これはもう倍々ゲームなのだ。勝てばフル勃起、負ければインポ認定。
だとすれば、今の俺は形振り構わず、もうそれに賭ける他はない。

それから、嬢は身体を動かすよりも先に、乱れた乳を整える。
一体どういう体位でプレイしようというのだろうか? 見当も付かない。

……そして嬢は再び、顔を俺の股間へと下ろしたのだった。

俺の予想とは裏腹に、ここで何をしようとせんか分かった。
間違いない、この体制はフェラチオの構えだ。
このタイミングで二度も失敗したフェラチオを、また懲りずに再挑戦をしようとしているのだ。
それは他の客にとって、汎用性が高いからだろう。

……しかしそれは、俺にとって害でしかない!
だからやめろ、やめるんだ! 気持ちよくないんだ!! 萎えてしまう!!!
完膚無きまでにノックアウトしてしまう!!!

「ん……ちゅる……ぷ……」

「ちんちんかたぁーいw」
嬢がペニスを口に含み、顔をマヌケにほころばせた。

ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!
言葉にするよりも先に咥えられた! 咥えられちゃった! 咥えられてしまったんだ!!
でも何も感じられない、やっぱり気持ちよくないんだ!
無機質な感触がペニス全体を覆う! そしてそれは、イソジンの味という認識の上で不快感さえも覚える!!
このままじゃお世辞とは裏腹に、また萎えてしまうだけ!
硬いペニスを望むのなら、今すぐにやめてくれ! 頼む!!

……それから、自分でも硬度が失われつつあるのが分かる。
このままでは、また萎え切ってしまうのも時間の問題だが、
今ここで嬢を突き放しても、萎えるどころかお互いに不幸になるのは、目に見えている。
……どうする? どうする?
……ならば逆に、このフェラチオを利用するんだ。

「ちゅっ……んちゅる!」
そう、このフェラチオは決して気持ちよくはない。
しかし、相変わらずその吸引力は立派な物で、その音は部屋中の隅々までに行き渡っている。
だから先ほどと同様、精液を吸い取ってもらうように身を任せれば、出るかもしれないのだ。

……こうなったら、この際出してしまうか?
……よし、先ほどはフェラチオを受けてから、出ないように我慢したが、
きっとこの嬢は、一度目はフェラチオで射精させる様式を取っていて、二度目から挿入するんだ!!
ならば我慢は無用。萎えるぐらいなら出してから萎えよう!
よし! 出すぞ! 出してしまうぞ……!!

(んんっ……!)
ペニス全身に、熱い物が込み上げて来るのを感じる……!!


…………けれども、それは一瞬の出来事であった。
すでに俺のペニスは萎え切っていて、その熱が亀頭へ差し掛かったところで、遮られてしまう。

つまり……嬢の口で、中折れしていたのだ。
俺は唖然とする。嬢の口内で射精していれば、何か変化が訪れたはずの「機」を逃してしまったのだ。
こんな事になるのであれば、二度目のフェラチオで我慢せずに出していれば良かったのに、なんと勿体無いのだろうか……

……しかし、半勃起にまで至ったのだから、ここで流れを止めてはいけない。
俺は即座に意識をペニスから、ふとももへ未だ当たるおっぱいへと移す。
そこにまた希望を見出したかったからだ。

……じっくり、じっくりと感触を感じ取る。
……でも気が昂ぶっていた時とは状況が違う。
だから目線も違い、理性で物事を感じ取れてしまう。

……そして俺は感じた。

……これは、「俺の二の腕と同じ感触」だという、気付いてはいけない事を……
……結果、おっぱいへの意識は潰え、ペニスどころか心まで萎え切ってしまったのだった。


嬢はというと、未だに下へ屈んでフェラチオを続けていたが、
俺は情けなさのあまり、仰向けのまま顔を横に向け、嬢から視線をそらすという、無礼極まりない態度を取ってしまう。

(すでに童貞じゃ味わえないプレイは散々味わった。十分だろう)
だからもう、このまま時間が過ぎるまで、放っておいて欲しいとさえ思っていた。
そしてそれは、自己中心的な考えに他ならなかったのだ。


……しかしそれでも、嬢は俺を見捨てなかった。
嬢は突然フェラチオの動作を止め、俺の顔を覗き込んで様子を窺うと、
舐める位置をペニスから、腸骨窩(股間の上にある左右の窪み)へと移したのだった。

「ピチャ……チャ……」
(んんっ? ……んくっ!?)

嬢は舌先をチロチロと、絶えずに這わせる。
それは、皮膚というよりは骨の芯がくすぐられているようで、
腸骨窩の先が舐められる度、下半身でしゃっくりが起こっているかのように、背中がピンと仰け反ってしまうのだった。

……だが、この行為に意味を見出せない。
少し前であれば、気持ちを昂ぶらせるには有効だっただろうが、今この状況で効果があるとは思えないのだ。

……そしてその考えが引き金になると、俺の頭の中はまた上の空へと入っていく。


嬢は色々責める場所や、趣向を変えているのに、なんで俺のペニスには変化が無いのだろうか……
挙げ句の果てに、俺は何度も逃げようとしているのに、なんで嬢はここまで頑張ってくれるのだろうか……

……なんで俺は、ここまで自分勝手なんだ?
……なんで俺は、金を払ってまでこんな惨めな思いをしているんだ?
……なんで俺は、会話すらまともにこなせないんだ?

……なんでソープコース代なんて払ったんだ?
……なんで何をやっても裏目に出るんだ?
……なんでこんな事になっているんだ?

自問自答が続く中、次第にその感情は自己嫌悪へと変わる。

……なんで俺は、ここまで情けないんだろう?
……情けないなぁ……情けない……情けな…………

(……すん……ん……ひん……ん……)
下半身のしゃっくりが、そのまま嗚咽に変わった瞬間だった。
それまで何度も抑え込んでいた感情が爆発してしまい、涙がにじみ出るが、
仰向けな為、顔には流れずに目元に留まる。

「…………ぐすっ……」
声を押し殺していたはずが、一分もしない内にこらえ切れなくなり、涙をすする音を立てる。
すると、股間へ顔を向けていた嬢が異変を察し、再び俺の顔を覗き込むと、
一目で目元の涙に気付き、次には驚きを含んだ笑いを、また下品に部屋中に響かせるのだった。

「なんで泣くのwwくすぐったくて泣いた?ww やめて欲しかった?ww」
嬢にとって、この涙は奇妙な物に他ならず、状況が把握出来ていないようだった。
無論、問題は別のところにあり、あの感覚は味わった事の無い素晴らしい物だった。
とてもオナニーで感じられる物ではない。

「情けないなぁって……すん……」
問題があるとすれば俺だ。
正直に、今この胸の内を打ち明ける。

「情けなく無いよぉ、やっぱり寝てないせいだよ」
そして状況を把握すると、嬢はすかさず優しい口調で慰めてくれる。

これは何度か聞かされていた事だ。
その都度、俺はこのような事態が想定出来ず、眠気も振り払われていたので、適当に聞き流していたのだったが、
カフェインで眠気を飛ばしても、すでに心身共に疲労が蓄積しているのだから、何の解決にもなっていないのだ。

「よしよし」
……嬢は隣に座り込み、俺の目元から溢れる涙を右手で優しくぬぐい取って、
同時に俺の頭に左手を当てると、手で包み込むように、ゆっくりと横に撫で始めたのだった。

この感覚は久しい……人前で泣き、そして頭を撫でて慰められるなんて事は、幼児期の頃から一度も経験していなかった。
おかげで、また幼児退行が進行するが、それは背徳感による物ではない。
……一回、一回、撫でられる度に、胸が幼児のように優しくなるのだ。


……それから何十回にもわたって撫でられたところで、次第に涙を乾かす。
どれだけの時間が経過したのか、どれだけの涙を流していたのかは分からず、心は落ち着きを取り戻す。
……というより、自己嫌悪の念が一気に消しとんだ俺の心には、もはや何も残らず、放心していたのだった。

「冷たい……」
そして嬢は、涙が涸れた事を確認すると、俺の身体をまさぐり出す。

「ちんちんも冷たいね、身体中に鳥肌が……プルプル震えてるw」
それどころか、嬢はペニスを握り、身体全体へ手を動かすと、鳥肌と震えが見られるというのだ。
確かに嬢の手のぬくもりが、ペニスを通じてよく伝わってくる。
それは冷えた手に、カイロを当てるような至福。

いつの間にか、バスタオルによる保温効果も消えていたらしい。
もしも、寒させいで勃起に影響が出ていたとしたら、
脱がされた時に感じた寒くて勃たないという問題は、杞憂で終わらなかったのだ。
なんて残念な事なのだろうか……

「クーラー消そっか……」
どこに置いてあったのか、嬢がリモコンを手にとって操作すると「ピッ」という無機質な電子音が鳴り響き、風がやめむ。
どうやら送風口からは出ていた風はクーラーだったようで、1時間以上もそれを浴びせられていたのだ。

なぜ店側が、こんな真冬にクーラーを付けていたのかという疑問が募るが、
寒いとマイナスでしかない事を、分かりきっていたのだから、
肌寒いと感じた時点で、念入りにクーラーを消すよう、頼んでおけば良かったのではないか。
……そう思うと、俺は後悔の念にまた駆られたのだった。

「乳首はこんなに立っているのに……ww」
さらに、嬢は乳首周辺をまさぐって来ると、手の内からポツポツとした感触を覚える。
しかし乳輪には鳥肌が目立ち、その突起具合は乳首と比べても遜色なく、
何もしていないのに勃つとは考え難い。

「いや……鳥肌じゃないですか……」
だから俺は淡白に、そう切り返す。

「うーん、そっかあ……じゃあやりたい事があったら言ってみてよ」
……そして俺の発した一言で、会話は終了したのだった。
……やはり、俺から何かを言ったところで、場の空気を悪くするだけなのだ。


それにしても、これでやりたい事を尋ねられたのは四度目だ。
あんな痴態を見せてまで、まだやる気だというのか……
プロ精神として一度は射精してもらいたいのだとすれば、その心意気には尊敬の念さえ覚える。
しかし俺にはもう心残りも……それに自信も…………いや、一つやり残した事があった。

「じゃあ、足コキをお願いします……」
これもマゾな作品ではよく見るプレイ。
なので、実際に一度受けてみたいと思っていたのだ。

けれどもこれは、シチュエーションが要因となり、背徳的興奮を得るプレイなのは明らか。
技巧によって気持ちよくなるのとは、ちょっと訳が違うだろう。

「ああ、足コキ? いいよ」
すると嬢はあっけらかんとした口ぶりで、受け入れてくれるが、
すでに期待だなんて甘い考えはしていない。行為に移す前から現実を見据えていた。
もはやこれは自分を射精へ導く為の行為では無い、確認の行為なのだ。

…………しかしこれは、黒タイツを穿いた状態でやってもらいたかった。
どうして最初に脱いでしまったのだろうか。


「ヨイショッと」
俺の前方で、嬢がこっちを向いて足を組む。
そしてペニスに脚を絡め、萎えたペニスを足の裏でこねくり回す……が、予想通りの感覚。
いくら嬢の身体がしなやかに整っているからといって、足の裏の感触までが秀でているという事はなく、
感触は俺の足と遜色ない為、自分でセルフ足コキをしているように虚しいのだ。

……それに素股ほどではないが、体重がペニスに乗るせいで少し痛く、
すでに俺は白けてしまっているのだから、シチュエーションもへったくれも無い為、勃つ訳が無いのだ。


「普段何見てオナニーしてるの?」
ペニスへの手応えが一切感じられないのが分かると、
嬢は早々に足を撤収させて横に崩して座り、また猥談の流れへ持っていこうとしたのだった。

そこで、俺が普段用いる媒体を思い巡らせる。
コスプレ、二次元画像、エロ漫画、同人誌、……そしてエロゲ。

……まずい。どれも二次元寄りで、どれも理解の無い人にはアウトじゃないか。
……また誤魔化しちゃうか?
……いや待て! 一つ思いついた!!

「『イメージビデオ』でオナニーしています」
少し微妙なラインだが、割と健全な上、三次元系なので何も問題は無い。
「え? 『イメージビデオ』ってどういうの?」
……のだが、ここで俺は意表をつかれてしまった。

性的な仕事に就いていれば、性知識は一般人よりもあると思っていたのだが、どうやらそうでも無いようだ。
だからといって、別にこれは職業柄必要な知識ではなく、
セックスに関する知識と経験でいえば、俺よりもはるかに持ち合わせているだろう。
そして逆に、オナニーの知識は俺の方が勝っているに違いない。

俺は突然の事で面食らったが、頭の中を整理して「イメージビデオ」について解説する。
「えっと、キワドイ水着を着たりする動画です……直接的なエロはありません……」
意味合い的にはこれで合っていて、俺もいい年をした女性の、紐だけで構成された水着姿を見て、オナニーする日もあった。
けれども、これは他の質問の受け答えのように、婉曲表現であったのだ。

なぜならば、「イメージビデオ」という媒体の中にも、様々なジャンルがある。
女性を主に映し、直接的なエロが無いところまでは共通しているのだが、
今嬢に説明した物は「着エロ」というジャンルであり、それは俺が普段用いるジャンルとは異なるのだ。

そして、俺が普段用いているジャンルというのが、
女の子が年齢不相応に、「ビキニ」「セーラー服」「透けキャミソール」といった、ちょっと大人びた格好をする物。
つまり……、「いもうとアイドル倶楽部(和)」や「CANDY DOLL(洋)」のような「ジュニアアイドル」の作品なのだ。


「へぇ、チラリズムが好きなんだぁ……」
「じゃあ、私の全裸ってのもアレなんじゃないの?」
婉曲回答を聞いた嬢は、俺の趣を理解して新たに提案を持ち出すが、これは悩みどころだった。

現実の女性の裸なんてそうそう見られる物ではなく、衣服を着ている女性なんて町を歩いていればいくらでもいる。
……しかし、気分を一心するという点では有効かもしれない。

「……そうかもしれません」
だから俺は、そのまま無難に頷いたのだった。

「えー、言ってくれればいいのにぃ」
そうは言うが、このM性感コースは全裸が標準オプションとなっており、
コスプレには追加料金が掛かるので、口にするのは野暮だと思っていたのだ。


それから嬢はベッドの外へ立ち、風呂場前の衣服カゴの中から下着には目もくれず、
一目散に灰色のポロシャツを取り出すと、それ一枚だけを身に纏い、
胸、くびれ、股と、身体の至るセクシーゾーンを覆い隠したのだったが、それでも嬢の魅力は変わらない。
……しかし何かが物足りない、違和感を抱いてしまう。

嬢はそのまま、ベッド横から俺に詰め寄ろうとするが……
……それよりも早く、違和感の正体に気が付く。

「あ! 黒タイツも穿いてください!!」
これはとても重要。
あってしかるべきそれが、脱がれた事で魅力に欠けてしまい、
足コキでは満足のいかない結果に終わってしまったのだ。

「タイツも?w 分かったw」
急に饒舌になった俺に対し、嬢は小さく引き笑いながらも了承してくれると、
カゴから黒タイツを取り出して穿き、服装として完成される。

……しかしそこに、嬢と初めて向かい合った時に存在していたチラリズムは、すでに失われていた。
それもそのはず、嬢はずっと肌をさらし続けていたのだから、羞恥心が微塵にも感じられず、チラリズムとして成り立たないのだ。
……こうなると、下着でやってもらった方が新鮮味があったのかもしれないが、すでに着替えは済んでいて、何もかもが手遅れであった。


「じゃあ何かやってみない?」
すると、着替えが済んで数秒もしない内に、嬢から他にやりたいプレイが無いか尋ねられる。
もはや意地なのかもしれないが、他に何が出来るのだろうか。
もうやりたい事は、全てやったと思うのだが……


プルルルルルル!! プルルルルルル!!
するとそこで、先ほどと同じコール音が鳴る。
これで2度目となるが、嬢は返事を心待ちにして俺を見つめ続け、聞こえていないかのように振る舞う。
……しかし一方で、俺は焦燥感を隠しきれず、音を聞くなり顔を仰け反らせ、
視線をヘッドボード上の時計へと移すと、1度目のコールが鳴ってから10分が経過しており、
残り時間は10分しか無いという事が分かる。

10分……よもや挿入までの猶予は残っておらず、
このまま何も得ずに終えてしまっては、ただ金を失う事になるので、
今は「どのようにして射精をするか」が着眼点となる。

どうするか? どのようにしようか……?
……そうだ! やりたい事じゃなくて、射精出来る事をやるんだ!!


「手コキをお願いします」
これだ。これなら日常的にオナニーを嗜んでいるので、確実に射精にまで至れるだろう。
しかも、「実在する女の子」というオカズが目の前にある上、
相手は百戦錬磨のソープ嬢……プロなのだ。
もはや勝利は確定的、射精を阻む物は何も無いといっていい。

それに対して、嬢はいつも通り二つ返事で引き受けてくれると、俺はそれまでずっと仰向けだった身体を起こし、
嬢は俺を抱き寄せる形で、優しくペニスを握り、体温を共有し合う。

……期待が高まる。
これから数秒もしない内に、手を上下へと動かされ、俺は射精に導かれるのだろう。
そうだ、今までのプレイは前遊でしか無かったんだ! ソープに来た事は、無駄にならなかったんだ!!

……そうして嬢はペニスから、二度、三度擦る位置を定めると、手首全体を使って上下運動を始める。

「……あぁ……」
嬢のきめ細やかな手の包容力が、身を持って感じられる。
「……おん……」
さらに擦るピッチも申し分無く、リズミカルに動き続けるのだ。
「……んっ……」
冷えたペニスに温かい手の感覚が覆い、至福に包まれる。
「……ん……」
そして嬢は、何度も何度も懸命に擦り続けてくれるのだ。
「…………ん」

…………あれ?

伝わってきたのは、手の感触だけだった。
手の感触しか、ペニスは認識していなかったのだ。

………………気持ちよくない。

え? あれ?
なんでプロにしてもらってるのに、手コキでも気持ちよくないんだ……?
ソープ嬢とはいえ、ペニスの扱いは男性でないとツボが分からず、気持ちよくなれないのか?

……いや、普段感じられるプレイで感じられないという事は……
…………間違いなく俺が、心理的EDなんじゃないか!
あああ……また自己嫌悪のループに陥るのか俺は……


「普段どんな風にオナニーやっているの?」
……それと同時に、嬢はだらしないペニスを懸命に動かし、俺へ質問を投げ掛ける。
今までのプレイの二の舞を踏まないように、責めるポイントを調べつつ、猥談で興奮を高めたいのだろう。

「えーと、皮オナニーで……」
それに対し、俺は愚直に答える。
今までは回答を散々渋っていたが、
この状況以上の辱めが、どこにあるというのだろうか。

『ん? 皮オナニーってどんなのですか?』

……? イメージビデオの件といい、ソープ嬢ってあんまり知識が………………?
…………ぇ、…………あれ?
……あ。 ……あああ!
なんてこった!!
嬢の手コキ……いや! 今までのプレイが気持ちよく無かったのには、原因があったんだ!!


フェラチオの無機質な感覚。嬢が下手な訳ではない。舌はペニス全体を丹念にねぶりつくしていた。
素股の壊死のような感覚。つまるところ、体重が原因ではない。あれは大らかにペニスを包み込もうとしていたのだろう。
パイズリの乾布摩擦のような感覚。いくら萎えていたとはいえ、根元から股に掛けては、おっぱいの感覚がしっかりとあった。
足コキの虚しい感覚。……あれは本当に虚しい物であった。

そして、最初に乳首を舐められながら受けた手コキの感覚が、曖昧だったのはなぜか。
初めて体感する乳首舐めで、感覚が麻痺していたからか? いや違う。

嬢の手コキをよく観察する。
……嬢は、「亀頭」を重点にして擦り続けていた。
…………しかしこれは、俺の普段やっている「皮オナニー」とは全く異なっている!
そうだった! 思い返せば全てのプレイは、亀頭へと責め立てていたのだ!!

だからこそ理解する。
これはすべて……皮オナニーをしていた俺へのツケなのだと。

まず俺は仮性包茎
基本的にペニスは包皮が被ってはいるが、一度剥けば数時間は持ち、この日は朝からずっと剥いたままでプレイに臨んだ。
でもオナニーの時だけは違う。半分皮を余し、亀頭のカリ首の溝まで、擦るような感じなのだ。

だけども、それでは剥きグセが付かないので、何度か亀頭オナニーは試してみた。
でも気持ちよくない。それどころか、激しく手を擦ると、裏スジがあまり露出していない為、じんわりと痛く、
快感を得ることが目的のオナニーで、苦行を強いるのはおかしいと思い、ずっと「皮オナニー」に甘えてきた。

……そう、俺は努力を怠っていて亀頭がずっと鍛えられず、その刺激が分からなかったんだ……!
ああ、なんて事! 少し考えれば、プレイの内容ぐらい分かったじゃないか!
どうして事前に、対策を打たなかったんだ…………!!


「……えーと皮を余して、それで擦るオナニーです」
俺は頭の中を整理し、全容を隠して解説をする。

「えー、何それ!? そんなオナニーしてるから勃たないんじゃないの?」
初めて聞く言葉に、嬢は驚きを隠しきれていなかった。
そうに違いない。嬢の指摘が無かったら、俺は自信を完全に喪失していただろう。
俺は終了間近にして、少しばかり自信を取り戻せたようだった。

「ちょっと自分でオナニーやってみせてよw」
すると嬢はクスクスと笑い、突拍子もない提案を持ち出すのだが、
これは恥の上塗りに他ならず、もしもそれで射精出来たとしても、今までで一番大きな「オナニー後の虚無感」が訪れるだろう。

……だが、これを断って何か進展があるだろうか?
……ただ無駄に金と時間を浪費するだけ……だったら、少しでも抗った方がいいのだ。


「……こうやります」
……俺は無心で皮を上下に擦る。
テンポはいつもより二倍は遅く、繰り返されるリズムも単調。
いつもやっているような心地の良いリズムとは程遠く、
俺の朦朧とした意識は、それを動かす手首の筋肉のみに集中してペニスには微塵も干渉せず、
ただただ自分が、惨めになっていくようだった。

「やだぁ、変態みたい」
すると嬢がその動作に興味を示し、せせら笑う。
しかしこれはさっきも聞いた。もしかして言葉責め用の台詞なのだろうか。
だとすれば、俺の「マゾゲー」基準でいえば、甘々し過ぎて好みではないといえる。

そうしてしばらく意味の無い動作を続けていると、嬢は見よう見まねで理解したのか、
ペニスに手を被せて来るので、俺は動作を止めて手を離す。

……嬢の理解は十分とはいえなかった。
嬢は包皮を亀頭の根元から、尿道の手前まで大きく動かし、
それは「半分皮を余し、亀頭のカリ首の溝まで擦る」という皮オナニーとは大きく逸脱している為、
半分以上の動作が無駄な物となり、皮肉にも俺の反応が無い事で緩急が定まらず、早くなったり遅くなったりするのだ。

また時折、皮を先まで被らせてから、ペニス全体にフェラチオをする奇特なプレイを受けるが、
これは感覚を鈍化させるだけで、何重にも重ねたコンドームの上から舐められるよう、無意味な感覚であったのだ。

……そして、俺は抱かれた状態で一連の行為を受けても、ペニスどころか身体全体が微動だにせず、
ぼんやりと目と口を見開いたまま、反応を示せずに時間をやり過ごす。
……結局下手に抗っても、傷口を広げてしまうだけだったのだ……。


…………プルルルルルル!!!!
呆けた俺を起こすよう、3度目のコール音が鳴る。
1度目は嬢の言う終了から20分前に、そして2度目は10分前に鳴った。
……という事は。

「あ、もう時間ですね……お風呂で洗って終わりにしましょうか……」
……そういう事なのだ。

嬢はコール音を聞いて、そう淡々として終了を告げると、
インターホンを手に取り、口調を硬くして従業員と連絡を取り始める。

終了のサインはコール音として、何度も出ていたのにも関わらず、
俺はその事実を受け止められるはずもなく、思考が空回りしている。
依然として俺は童貞で、何も成し遂げていないのだ。
何の為に、何の目的でここへ来たのだろうか。


それからまた最初と同じように、寝室から風呂場へと移動し、
スケベ椅子に座って、嬢から股間を足の間で入念に洗われると、
次に湯船へ移り、イソジンによるうがいを済ませる等と、身だしなみを整える。
……しかしその間に会話は一切なく、いずれの作業も淡々としていて、重々しい空気が渦巻いていたのだ。

「……今まで女の人と話した事ってあんまり無い方?」
そうして寝室へと上がり、また同じようにタオルで全身を拭われていると、
嬢が沈黙に耐えきれなくなったのか、疑問を口にする。

今になってこの質問をする意味はなんなのだろうか、嬢の意図がつかめない。
やはり嬢はネットと現実で人格を使い分けていて、
ネット上に体験談……愚痴を載せる為に、ネタ作りをしているのだろうか。
……いや、それとも待合室に直帰してすぐ、他の嬢たちと陰口を叩くのかもしれない。

「えぇ……はい……あまり無いです……」
しかし俺は、嬢にすがるように答えた。
この一連の行為と、今の心理状態でどうやって誤魔化そうというのか。

「……そっか、それは緊張するよね」
それを聞いた嬢は、申し訳程度に相槌を打ち、再び沈黙が訪れる。
やはり、ネタ作りの為に質問をしたとしか思えない。

……いや、それとも嬢自身の中で、真性童貞の認識の甘さを悔い改め、
次回に生かす為に質問したとすれば、なんと向上心が豊かなのだろうと、見方は変わる。
現状の指名数に満足せず、努力を重ねるからこそ、”2chソープ板”でも人気があるに違いない。
……しかし、その真偽は嬢にしか分からないのだ。


そのまま立ち尽くしてタオルの洗礼を受けていると、
全身が乾き切ったところで、上から何かが被せられる。

それは、俺が部屋に入った時に着ていた衣服。腰に巻くバスタオルでは無い。
そう、ここから先は、湯船まで共通していた一連の流れとは全く異なるのだ。

つまり、もう終わるのだ。これで終わりなのだ。
この瞬間になり、ようやく俺はその事を強く認識する。

俺にはすでに抗う余力は残っていない。
そのまま自らの手によって衣服を着た後、嬢はそこから歩み出し、俺はその後を着いて行く。
行き先はベッドではない、最初に入った無機質な白い扉だ。
そこは入り口であり、出口でもある場所。夢の時間はとうに過ぎているのだ。

扉を開けると、それまで部屋を覆っていたピンクの灯りが、廊下の灯りに遮られる。
そして嬢は前へ、前へと進む。俺には何も出来ない、ただ事実を受け入れる事しかないのだ。
もう終わりは決定付けられている。

さらに廊下を進むうち、左右の白い扉が目に入るが、いずれも閉まりきったままであった。
他の客が、”サービス”のまっただ中なのであろう。
……一体、どのような”サービス”を受けているのだろうか? そしてそれは、値段相応の満足感を味わえているのだろうか?
……考えるだけ無駄だ。さっきまで部屋で行われた事は、”物珍しい”のだから。

嬢はそれから奥へと進み、階段の手すりをつかんで1階へと下りると、
その正面奥には、廊下とカウンターを遮る唯一の赤いカーテンが現れた。
ここから嬢と二人きりとなって、世界から隔離されたとするならば、ここが正確な幻想からの出入り口であり、
それは観覧車に等しい物なのだろう。

カシャッ。
嬢がカーテンの前まで歩んでそれを開けると、
視界がカーテンからカウンターへと移り変わり、目の前では顔なじみの青年が待ち構えていた。
先ほどのインターホンは、青年へ業務連絡を行っていたのだろう。

また、そこからは外の風が吹き込んでいる。
不意にそれを受けると、室内との温度差のせいで、肌寒さが身を蝕むが、
この温度差もまた、幻想と現実の境目なのだとすれば、
ここから出る道理は、どこにもないのではないか。

……いや、分かっている。
観覧車が下に到着したからといって、駄々をこねる子どもはいない。
なぜならば、扉を開かれる事で観覧車そのものに恐怖が生まれ、
自分とその身の回りが不幸になるのが、容易に想像出来るからだ。
つまり、観覧車は幻想への入り口と共に、恐怖その物でもあるのだろう。

それはソープも同じ。
ここで俺が出なければ、”物珍しい客”として”手厚い保護”を受ける他無く、
みんなが不幸になる事に他ならない。

俺は意志を固め、カウンターまで歩み出すと、
青年との距離が、一歩、二歩、三歩と徐々に詰まっていく。
距離にすればほんのわずかだが、一歩一歩の重みは計り知れない。
またそれも観覧車が迎えられ、ゆったりと軟着陸するかのよう。

そして数歩歩いたところで、俺は青年の前に立って、
お互いに顔を確かめるよう、向かい合う。


すると後ろから、
「ありがとうございましたぁ」と嬢は礼を示すと、
その手によってカーテンが閉められ、嬢との接点が消える。

それは本当にあっさりとして言い放たれ、
後には虚無の感情のみが残り、呆然と視線も定まらず、ただ立ち尽くす俺がいたのだった。

「……どうでしたか? イけましたか?」
そこで青年が話しかけてくる。
俺の様子がおかしいのを感じ取ったのだろうか、はたまたアンケートの一環として聞いているのだろうか。

「えーと……ソープどころか性行為も初めてなので、挿入どころか勃起すらままなりませんでした……」
俺は状況をより詳しく、堂々と説明する。
嬢への回答を躊躇していた時とは違い、恥も外聞も無いが、
この時の俺は、慰めの言葉が欲しくて欲しくてたまらず、
それを受けないと、俺自身を保てられる自信が無かったのだ。

「あぁ、初めてですとタイミングとか色々難しいですもんね……」
青年は申し訳程度に、理解を示してくれる。
それでも、俺の心は大分救われたに違いない。

「またお願いします」
その言葉を最後に、青年はカウンター裏へと姿を消す。
俺はその場に一人だけ取り残され、重い足取りで自動ドアをくぐったのだった。


外へ出て、まずは止めてあった自転車を開錠する。
しかし、自転車に乗る気力さえ残っていなかった俺は、それを押しながら帰路につく。


ふと、空を見上げる。相変わらず青々とした晴天が続いている。
それは憎々しくも、俺の心中とは対照的な明るさで、
もしも童貞を捨て、この気持ちいい空の下を進んでいたら、どれだけ清々しい気分でいただろうか。
きっと、この晴天が忘れられない物となっていたに違いないだろう。

……思い巡らせると、悔しくて悔しくて、
……後には肩を震わせ、すすり泣いている俺がいたのだった。

どうして今になって泣いているのだろうか……
……いや、そもそも一度泣き止んだ後に心が白けてしまったのは、
これ以上涙を流さないように、ずっと抑え込んでいたのではないか……

もはや俺を慰める嬢も、短い間真摯に接してくれた青年もおらず、
俺はひたすら涙を垂れ流しながら、自転車を押し進めていたのだった。


しばらく進むと、店と客引きがより密集している通りに出るが、
俺は周囲を気にも留めず、涙を枯らさなかった。

そして客引きはというと、
顔の視点からして、俺が視界に入っているのは間違いないのだが、
特に俺へ気を使ったりもせず、通常通り営業をしていた。

これは非常にありがたかった。
一度も会話を交わした事のない人間から、慰められるのは屈辱的であり、
だからこそ人間は他人の前で、感情を抑えるのだが、今の俺にそのような余裕は持てなかったのだ。

「どうぞー」
「どうですかー?」
客引きたちは私情を挟まずに、条例に触れないよう、”曖昧に”営業を行う。
俺にもこの図々しさがあれば、ソープの結果もまた違っていただろう。見習いたいところである。

無論、このような機械的な客引きが、俺の胸に響くはずがない。
俺だったらまず、落ち込んでいる心情を利用して「気持ちをリフレッシュしませんか?」という具合に弱みへと付け込む。
しかし、それすらやらないこの客引きたちは、電子看板となんら変わらないか、それ以下なのだから、
俺はこの客引きたちを、風景のように認識していたのだった。


「お兄さんどうですか? ソープ。お安いですよ」
そしてふと、倉庫のように陰気が漂った店へと差し掛かり、
肥えた中年の客引きから声を掛けられると、俺は足を止める。

それは、なんら変わりばえのしない誘い文句。
しかし、俺自身へと直接語りかけてくれ、わずかばかりのぬくもりが感じられたのだ。
宗教の信者が弱みに付け込み、布教する手口という物を身をもって知る。

何よりポイントが高いのは、ソープという点。
セックスが出来るのだ。しかも格安で。これは願っても無いチャンスだろう。

……この際、憂さ晴らしにこの店へ入ってしまおうか?
せっかく風俗街に来たからには童貞を捨てたいし、この際質はどうでもいいなあ……
えーと、店の前に料金表の看板があるな。どれどれ? 見てみるか。

《3P 熟女 ¥10,000》


……俺は自転車にまたがり、逃げるように風俗街を後にしたのだった。