ソープに挑んだ真性童貞の末路 上

物心が付いた頃からセックスには興味があった。
妄想が出来る童貞の内が華と言われても、興味の方が勝っていた。

だけども、小学生時代はでしゃばる性格が故に周囲から忌み嫌われ、それを機に中学生時代は不登校
そして高校生時代においては、不登校の影響で自発的に言葉を発するような事も無く、
学生生活において、女性とコミュニケーションを取る事が無に等しかったのだ。

それから高校を卒業し、引きこもりの俺が完成したのだが、
このような環境下では女性と出会うどころか、会話する機会すら無く、
いつしか俺がセックスをする為には、「風俗」へ行くという選択肢以外、あり得ない事を悟る。

しかし俺には風俗に関する知識がまるで無い。
例を挙げれば、「セックスの有無」「女の子の質」「料金の総額」「性病感染のリスク」といった不安要素だが、
思考がそこに至る前に、「風俗」という未知の空間というだけでも気が引けてしまって、その選択肢を放棄していた。


それからしばらくして、俺が何年も属している”音声通話上のネットコミュニティ”があるのだが、
年数を重ねる度、メンバーの年齢と経済力が比例して来たからか、
「風俗」に対する様々な声が、耳に何度か入ってくるようになったのだ。

「研修で一週間ぐらいオナニーしてないから、ムラムラして高級店に行って来た」
「最近、ピンサロでしゃぶってもらって挿入したよ。
 あれ? これで素人童貞か俺。まあ豚とヤった方がマシなレベルだったがな」
「大学に受かったら風俗奢ってくれ」

するとどうした事だろうか、
俺にとって「風俗」はすでに未知の空間では無くなったような気がしてきて、遂に行く事を決意したのだ。
恐らく麻薬等もこうやって周囲の勧めから中毒者になるのだろう。周囲の環境という物は末恐ろしい


それから、俺は不安要素を解消する為に風俗の調査に乗り出した。
まず始めに、肝となるセックスが行える風俗業種について調べると、
「営業外行為」という、白々しい名目上で法の隙間をくぐり、
店側からセックスが容認されているのが、「ソープ」だという事が判明する。

だが一方で、様々な”風俗の匿名掲示板”によれば、
業種の一つの「デリヘル」では、セックスが禁止されているが、嬢へのトーク・交渉力次第で可能な場合もあるらしく、
上手くやれば、「ソープ」よりも数千円出費を抑えられるというのだ。

しかしセックスを縛り付けるのは法だけの問題だけではない、
店側の規約にもハッキリと「本番行為(セックス)は禁止です」と但し書きがある為、
難易度が高い事が容易に想像でき、幾ら安いとはいえ、総額では数万円もするので割に合わないといえる。

何よりもこの職業柄、店の売り上げがヤクザの資金源となっている事は、まことしやかに囁かれている。
もしもそれが本当だとすれば、事後に「困りますねぇ、お客さん」となだめる口調で事務所まで呼び出され、
示談金という名目で何万円も脅し取られ、場合によっては中絶費・性病の治療費という名目上で、多額の請求をされて親をも巻き込む可能性だってあるのだ。
そうなれば一家四散。道理に外れたのは俺だから文句は言えない、考えたくもない。
だから数千円でも多く支払って、セックスへの保証をしてもらった方が良いだろうと、行く店の選択肢は「ソープ」だけに絞られた。

何よりも、俺がここまでセックスにこだわるのには理由があった。
それは、童貞を捨てたいのは無論だが。
男女間で存在するおっぱい・ふともも等とは違い、ヴァギナというのは唯一存在しない器官であった為、
そこに魅力を感じられずにいられなかったのだ。

行く店については”2chソープ板”から、
俺の在住する福岡の中洲エリアで、スレの伸びが上位の店から決める事にする。
しかし、上位のほとんどは50,000円以上の高級店のスレであり、これは童貞卒業には吊り合わないので除外。
一方で、10,000円未満の格安店のスレもあるが、これはアラフォーのモンスターが普通に出てくる危険性があるので除外。
なので、そのバランスを見定めて大衆店を選ぶ必要があるのだが、
幾つかスレを開いたところで、大衆店でスレの伸びが最上位の物を見つけた。
「70分ソープコース」の指名料込で総額20,000円相当。童貞を卒業出来るとなると妥当な金額である。決まりだ。

となると、次は指名する嬢をその店から見定めなければいけない。
俺はスレから源氏名でレス抽出していくという、単純な調査に乗り出すと、
それがすぐに実を結び、1人だけ1スレで50レス超の賞賛を受けている人気嬢を見つける。
その嬢の公式サイトの画像は、顔がぼかされてあってよく分からないが、茶髪でお姉系の品格が備わっており、
こんな嬢に筆下ろしされる事を考えただけでも勃起し、妄想だけでオナニーだって出来る逸材であった。

しかしこの嬢、5年前の過去スレまでさかのぼっても、同様に多くの賞賛を受けている為、
ここまで多いと社員の工作では無いかと勘ぐってしまい、逆に見るレス全てが疑わしくなるが、
スレをよく読むと、逆にレベルの低い嬢・接客態度が悪い嬢には、ちゃんと批判のレスが多く見受けられる上、
その人気嬢に対しても『宝塚も真っ青の厚化粧で可愛い』という皮肉めいたレスが、わずかばかり見受けられるので、
社員が工作している線は薄いだろうと、このレスを消費者達の物だと信じて疑わず、指名する嬢を定めたのだった。

後は性病感染のリスクについてだ。
これは各風俗店のサイトに例外なく『検査を定期的に行っております』との但し書きがあるのに気が付いたが、
性病には潜伏期間がある上に、風俗嬢は一日に数人、下手したら数十人を相手にしているのだ。
だから、感染のリスクはとても避けられる物では無いのだが、
もはや俺の人生において、童貞さえ捨てられれば好奇心は枯渇するだろうと、
この身を犠牲にしても惜しくないだろうと、腹をくくる事にする。
そもそも彼女を作る事への努力を向けず、リスク無しでセックスする事がおかしいのだ。

これである程度の風俗に関する予備知識が集まり、あっさりと店も定まった。
もっと早く行く事を決意していれば良かったかもしれない。


「こんなに安くていいのか。妥協しちゃいけないよ」
それから、2010年某月某日の冬。
俺はオナニーを一週間禁ずる等、万全のコンディションを整えてから、
”音声通話上のネットコミュニティ”にて、ソープに行く事を意思表明したのだが、
高級店の経験がある風俗の大先生から、駄目だしを受けてしまう。

「もっと金を出して、乳首を舐められながら手コキされたいと思わないのか!?」
どうやら高級店に慣れ親しんだ身からすれば、大衆店という選択は考え難い物らしく、
高級店の質とサービスの高さ……もとい、大先生自身の性癖を力強く告白されて、少し戸惑ってしまう。

ただ、そういったマゾ向けの「M性感コース」は、俺が行こうとする店にもメニューとして設定され、
俺もその手のマゾ性癖は持ち合わせているので、悪くは無いと思うのだが、
それはセックスが可能な「ソープコース」と内容が孤立しており、
「M性感コース」を選ぶとなると、「ソープ」に行くのにも関わらずセックスが出来なくなってしまうのだ。

しかしそれでもセックスがしたい場合、M性感コースに追加で10,000円を支払えば、ソープコースとの兼用に出来るのだが、
その場合は一番安いコースでも、「60分両コース兼用」の総額30,000円となってしまい、
これは俺がソープへ支払える価値観から、大きく逸脱してしまうので、大先生に対し
「俺はセックスさえ体感出来ればそれでいい。マニアックなプレイは二の次」
と口を尖らせたのだった。


それから、話し合い進める事十数分。
大先生は何を思ったのか「しんし(sinnsi)にはちゃんとしたところで童貞を捨てて欲しい」という人情深さを醸し出し、
30,000円の半額の15,000円を銀行振り込みで出資してもらう事となる。

これは俺に一方的に有利な話で、感謝してもし足りない程なのだが、
その後で「ソープのレポートを上げてね」という対価を要求される。
そう、今まさしく書き連ねているこの文章は、大先生の出資があってこそ存在しているのだが、
原稿料15,000円と考えても、破格といえるだろう。問題は何もない。

いやそれどころか、出してもらった金額を「60分両コース兼用」の半額と考えず、
本来自分が出すはずだった、「70分ソープコース」の20,000円から15,000円出してもらったと考えれば、
もう1つランクが上の「80分両コース兼用」という、総額35,000円のコースが選べ、
それは「60分両コース兼用」にはない、69とディープキスのオプションで楽しむ事が出来るのだ。

……不思議と視野を広げると、人間の欲求は留まる事を知らない。
それにこの卒業の門出。じっくりしっぽり楽しまなきゃ損だろうと、
「80分両コース兼用」への変更を、大先生へ申し出ると「……分かった!」とだけ、力強く俺の背中を押したのだった。


それから週が明け、銀行へ15,000円の入金が確認された。
これで予算に不足はなく、後はこの金を嬢の脂肪へと変えてやるだけだが、嬢の出勤日は明後日である為そうもいかない。
その日、俺は外に出る予行演習を兼ね、床屋で身だしなみを整えてもらう事にする。
床屋を選んだのは、引きこもりの俺は他人に気を使う必要性が無いせいで、髪は首まで伸び、ヒゲは伸び放題で陰毛のように縮れていた為であった。
そもそもそのままソープに行っても、嬢からは不潔に思われ、引きつった顔でぞんざいに接客されてしまうだろうし、
そんな扱いで童貞を卒業しても気分は良くない。俺にとって童貞卒業は神聖なイベントなのだ。

それに、床屋で適当な短さまで散髪・洗顔を行ったおかげか、髪とヒゲが随分とスッキリしたように見える。
その差は浮浪者から青年へ、年齢にして3歳は若返っただろう。
場合によっては未成年者に間違えられ、ソープでの門前払いを危惧してしまう程に。


そして嬢の出勤日である前日。
人気嬢はここで電話予約をしないと、埋まってしまうらしいのだが、
俺は店とヤクザのつながりを妄信し、怖い人が電話に出る事を危惧して、一向にダイヤルすら押せないでいた。
童貞の行動力の無さと、引きこもりによる逃げ癖が染み付いていたのだろう。

(夕食を食べてからしよう)
(家族に聞かれると困るから寝てからしよう)
だから有無を言わずに掛けようと、このような節目を設けたのだが、
これは先延ばし以外の何物でもなく、条件を満たしても、次から次へと節目を作ってしまうので、
結果的にその日は電話を掛ける事が出来なかったのだった。


さあいよいよ嬢の出勤日当日。
今日こそが俺の童貞卒業記念日になるはず……が、朝を迎えても電話と向き合う事が出来ず、
それどころか前日の緊張が尾を引いて、日が変わってから一睡もしていなかったのだ。
オナ禁をするまでして、万全のコンディション整えていた俺にとって、この行為は不適切極まりないが、
一方では緊張が俺を支えてくれていて、不思議と眠くはなかった。

そして開店時間はとうに過ぎている。
電話を掛ける必要性は尚の事あるのだが、
今の俺は、テンキーからダイヤルをしようとする度に、吐き気を催す程までに追い詰められていたのだ。

それは昨日ならいざ知らず、今日電話したところで予約がすでに埋まっている可能性は十分にあり、
電話にて「前日から予約しないとちょっと難しいですねー」と親切心の押し売りで分かりきった事を言われるのは、
行動力の無さを痛感する事に他ならず、「なぜ行動出来たはずなのにしなかったんだろう?」という自問自答で、
その日寝込んでしまうのだって予測出来る。

ではどうするか? 今、このまま寝込んでしまうか……?
……いや、今が行動出来るはずなのにしていないのではないか。
それにこのままズルズル電話を掛けないようであれば、どんどん嬢のスケジュールは埋まってしまうのが分かる。
……よし! 意を決して俺はパソコンの前に腰掛け、勢いのまま発信する!


プッ、プッ、プッ……プルルル…………
………………
「もしもーし?」
つながった! 俺はすかさず「もしもし」と応える!! 
「あっ、はい●●●●(店名)です。はい」
声の主からは、ヤクザの雰囲気は漂わない。好青年風の声だ。
先入観から、振り込め詐欺師に似通った作り物のようにも感じるが、それでも安心感が芽生える。

「ぇ、あの、当日の予約って大丈夫でしょうか?」
しかし問題はこれだ。俺は声を震わせながらも、たどたどしく質問する。
「あ、はい。大丈夫でございますけれども」
良かった。問題は無いらしい。
しかし人気嬢はどうだろうか? 可能なのだろうか?

「……えーと。お客様ちょっと発番号通知でよろしいでしょうか?」
「ぁ、発番号通知……?」
ところが、質問内容以前に問題があるらしい。俺は一瞬、言葉の意味がよく分からなかったので聞き返す。
……いや、理解したくなかっただけかもしれない。
「あっ、はい。お客様今非通知でお掛けのようですので。はい」
そうだ。俺はパソコンから通話を掛けたが為、非通知で掛かっているんだ。

「……はぁ」
だがこのまま切られてしまっては、勢い付けて電話を掛けたのに、キッカケを失ってしまう。

「はい、よろしくお願いします」
……ならば。

「080の(?)……」
今俺の携帯番号を口頭で知らせればいいのでは無いか?
この流れは絶対に崩したくない……!!

「ああもう一度電話を発番号通知で掛けて頂ければ、全然大丈夫です」
しかし悪戯・警察によるガサ入れ対策の為か、声の主はそれを拒み、断固として切ろうとする。
「……ああ、分かりました」
……俺はこれ以上抗っても仕方ない事を察し、素直にそれに従う。
「はい、すいません。はい、よろしくお願いします。はい」
……それを最後に、通話は終了した。


さて、発番号通知で掛けるとすれば、新たな不安要素が浮上して来る。
それは「掛けなおされる」という一点。俺の携帯は止まっていた為、家庭用電話で掛けざるを得ないのだ。

もしも予約の確認電話や、後日サービスデイのお知らせ電話が来るとする。
そして万が一、家族の誰かがそれを取ったらどうなるか。

……家族は無心を装うだろうが、疑惑の目を向けられ、今後の関係に支障をきたすだろう。
考えただけでも恐ろしい話で、絶対に避けなければいけない。

それに通話を振り返ってみると、
作り物らしき声に加え、「はい」を連呼していた喋り方までもがうさん臭く、
やはりヤクザとのつながりがあるのでは無いのかという疑問が、俺を萎縮させたのだった。


(予約の際に『嬢』付けと『ちゃん』付けのどっちで呼べばいいんだろう……)
ついに考えるのが面倒になった俺は、
「この答えが出たら電話を掛けよう」と節目をまた一つ作ったのだったが、
これは問題を先延ばしにする事に他ならなかった。

(『ちゃん』だと慣れ慣れしいか……? 『嬢』だとカッコ付け過ぎか……?)
考えても答えが出ないのは自分でも分かっていた。
それでも目の前の問題から少しでも、自分を逃避させたかったのだ。
……しかし考えを巡らせていくと、突拍子もなく一つの考えが思い浮かぶ。

それは、「携帯は止まっていても着信は可能」という事。
だとすれば電話番号を尋ねられた際、携帯番号を伝えれば済む話なのだ。
……なんでこんな単純な事に気付かなかったのかと思うと、不安要素はあっさりと立ち消え、
家庭用電話へ身体を向けるのに、時間はそう掛からなかった。
俺の行動を邪魔していたのは、目の前の不安要素だけで、発信時の勢いは未だ揺らいでいなかったのだ。


……「もしもーし?」……通話に出た声の主は先ほどと同じだった。
そのまま、先ほど電話した者だと応えると、
声の主から「あぁ、ハイハイ」と疲れと呆れが混じった口調で返され、ずっと待ち構えていた印象を受ける。
時計を見ると、先ほどの電話を掛けてから20分も経過していている。下手をすれば悪戯だとさえ思っていたかもしれない。

……けれども、その後の会話の流れはスムーズだった。
それから何事も無かったかのように、「名前」「希望コース」を尋ねられたが、答えはすでに決まっていたので淡白に応える。
それ故、電話で出前を頼んでいるかのような錯覚に落ちてしまい、未だにこれが数万円の人身取引だとはいう実感が湧かない。

「指名する娘は……●●『ちゃん』をお願いします」
そしてここが肝。
この指名が無理なようであれば、即座にキャンセルを申し出る。
あくまでもここは大衆店。下手にフリーで行くと、クリーチャーが出る可能性があるのだ。

「あぁ、分かりました。それでは1時間後にお願いします」
ところが、人気嬢なのにも関わらずOKのサインがあっさりと出る。
この日は平日昼間だったから、余裕があったのだろうか……?
いや、それでも予約時間を半強制的に決められたのは、ある程度スケジュールが煮詰まっていたからに違いない。

「はい、では遅れないようにお願いします」
声の主は念を押すように、確認を促す。
……何はともあれ、予約を入れられて良かった。行動してから後悔しろというのはこの事だろう。
後はこのまま電話を切ってソープに備えるだけだが……何か重要な事を忘れている気がする。
このモヤモヤはなんだろうか……あっ!?

「あ! あ! あの! 掛け直すなら携帯の番号を教えますので!!」
その刹那、受話器を強く握り締め、悲鳴に近い声を上げる。
幸いな事に、今家には誰も居なかったが、これから先なんとしても家族へ知られてはいけない。
引きこもりが家に居るだけでもマイナスなのだから、家族との関係には慎重にならなければいけないのだ。

「あ、いえ。もう掛け直さないんで大丈夫ですよ」
しかし声の主は臆する事無く、慣れているかのように冷静な対応すると、俺は安堵で心が満ちるのを感じる。
……同時に、あの苦悩はなんだったのかという徒労をも感じた俺は「あ、そうですか……」と
消え入るような声で返したのを最後に、そのまま通話を終了したのだった。


さあもう後には引き返せない。
ソープにこれから行くのだという事を、この時になって初めて実感する。

その途端、全身に足の軽い痺れにも似た不快な緊張感が駆け巡り、身体を強張らせてしまうが、
これで童貞というしがらみを卒業出来るのだと思うと、喜びさえも感じる。
……それは二つの感情が入れ混じった、不思議な感覚であった。


しかし一点、声の主の言い分で完全に信用出来ないところがある。
「掛け直さない」とは言っていたが、もしも遅れたら電話をするのはまず間違いない。
下手をすれば、怖い人達が家まで押し掛けて来る事を考慮に入れなければいけないだろう。
……だから俺は、風俗街まで20分の立地条件だったのにも関わらず、すぐさま外出への準備に取り掛かる事にする。

とはいっても、俺は早朝からすでに身を清める為にシャワーを浴び、
M性感コースで行われるであろう、アナル責めに備えてトイレでアナルをも綺麗にし、同時に射精をスムーズにする為に排尿も済ませ、
また、口臭がキスの時に嫌われるであろう事から、キシリトールガムを数時間噛んでいたので、
後は普段着ている薄汚い部屋着から、外出用の一張羅へと着替えるだけだった。

俺は部屋の押し入れの隅でくしゃくしゃになった、限りなく黒に近いグレーの長袖シャツと、
緑と黄緑だけで構成された控えめな迷彩半ズボンを拾うと、すぐ様それに着替え、
黒く光沢のあるチャック付ジャケットを羽織ったのだった。


引きこもりの身でありながら、連日外に出るのは実に数ヶ月振りで、また天気は童貞卒業を祝福するかのような心地の良い晴天。
真冬だという事もあって冷風が肌を冷やすが、不思議とそれは心地が良い物であった。

俺は駐輪場へ向かい、自分の自転車の鍵を開錠してまたがると、
ソープへ向かう為、足を意識してペダルを漕ぐ動作を始める。

普段であれば、なんて事無い単純作業。
しかしそのおかげで、緊張により強張っていた身体が解れ出し、
一回漕ぐ度、ソープとの距離が近づく度、身体を蝕んでいた緊張が喜びへと変換されていくのを、
チェーンから、ペダルから、足の裏からの振動で感じられ、冷えた肌にも熱が込み上げて来るようだった。

もはや万全のコンディションの俺に死角はない、
このままセックスをして童貞卒業するという、単純作業に乗り出すだけなのだ。


道なりに自転車を漕ぐ事20分。特に迷う事もなく、中洲の風俗街へと辿り着く。
しかし、俺は予約店の正確な位置を覚えていなかったので、一店一店から予約店の看板を見極める為、
自転車から降り、ハンドルを握ったまま歩み始めたのだった。

そして辺りを見回す。
……俺の脳内で、風俗街は小汚い路地裏のような物で、構成されていたのだが、
その偏見とは裏腹に、道路や店の入り口は綺麗に清掃されている上、
数階建てのオフィスビルがいくつも並んでおり、ピンクの看板が連なっている点を除けば、静かな町並みと変わらない事が分かる。

また路地裏という偏見上、風俗街は人里を離れ、ひっそりと経営されている物だと思ってたのだが、
風俗街の向かい側には、福岡で1番大きな複合商業施設「キャナルシティ博多」が堂々とそびえ立っている物だから、そのギャップに違和感を覚えてしまう。
というのも、この施設には子連れが多く、これでは過激な団体や組織が騒いでしまうのではないかと、変に危惧してしまい、
もしそうなれば、風俗街の方が歴史が長いのだから、道理が通らない話になるのだ。


「どうぞっ!」
それから俺は看板を物色しながら歩いていると、突然私服の若い男から声を掛けられ、軽くおじぎを受ける。
しかし、俺はその男の行為が汲み取れずに畏怖の念を抱いてしまい、逃げるように足を速めたのだが、
また少し進んだところで、別の男が無言のまま、両手の甲を俺の方へ掲げ、
指を不規則に引いたり戻したりと、不気味な踊りを披露し出すのだ。

……この男達に関わってはいけない。
そう直感した俺は、居ても立っても居られなくなり、
また自転車にまたがって、男達が見えなくなるまで自転車を進めると、
店が密集しているエリアの手前へと辿り着く。

ここならば予約店が見つかるかもしれないと、俺はブレーキを切り、視線を各々の店へ移そうとすると、
またここでも私服のようなラフな格好をした男が、それも3人程密集している事に気がつく。
しかし男達は、店の前で立っているのにも関わらず、一向に入ろうとしない。それどころか視線を俺へジッと向けている気がする。
…………なるほど、こいつらの所在が分かる。


こいつらは、いわゆる「客引き」という職業に属しているのだ。
しかし、客引きは条例で禁止され、風俗であろう物なら逮捕者を多く出し、
風俗業界全体で摘発が増える中、店側も目立つような事はしないだろうと思い込んでいたのだが、
こうも堂々とやられると、少し感覚のズレに戸惑ってしまう。

これは風習なのか、はたまたそれによるリスク対効果があるのだろうか。
それでも、店の詳細を明かさずに、曖昧な範囲内で客引きをしているところ、
最低限のリスク回避はしているようだ。


そして、看板のチェックを終える。
……ここには、予約店は無い。
俺は再びペダルを回し始め、声を掛けられるよりも先に男達の群れを駆け抜け、その角を曲がったのだった。

しかし、それだけでは終わらない。
角を抜けると、そこには4人、5人と男が待ち構えており、向かいにはまだ何人も待機している事が確認出来る。
そしてこの場に居る男達は、俺が自転車に乗っている事なんてお構いなしにと、すがるように寄って来るのだ。

それはまるで、一歩歩く度に「ゾンビ」の群れがエンカウントしているような物。
予備知識を得ていなかった俺は、「120ゴールド」と「たいまつ」だけで駆り出された勇者のように心細く、
早くこの魔窟を抜け、予約店へ駆け込みたくて仕方がなかったのだ。


なおも客引き達を避け続け、看板をながら見しながら、何度も角を曲がり続けると、予約店へなんとか到着。
どっしりと銀色で塗られた店を構えており、ロゴと店名の付いたピンクの看板が、大きく張り出されていたので、それだと理解するのは容易であった。
俺は店の少し手前で自転車を施錠し、店へと近づく。

すると店の自動ドアの前では、客引きに似たラフな格好をした、ふちメガネを掛けたウルフカットの青年が横を向いてじっと立っている。
皮肉にも客引き達のおかげで、それが店員なのはすぐに分かり、俺は青年へ予約した者だと声を掛ける。

「お待ちしておりました」
青年は俺に視線を移して応えると、店の中へと姿をくらまし、俺を誘う。
成人証明の為、身分証明書を携帯していたのは、どうやら自意識過剰だったようだ。

そして一方で、青年の声は、電話対応の主と同じ物である事がすぐに分かり、
この青年が「はい、はい」と、うさん臭い対応をした事になる。
……なるほど、「ふちメガネ」というのも見方を変えれば、詐欺師のようでうさん臭い。
……やはり、この店とヤクザのつながりは濃厚であるといえる。嬢に下手な事はしてはならないだろう。


店の中は壁から床に至るまで、白い大理石で占められているが、
少し狭くて薄暗い為、妖しい雰囲気を漂わせており、
少し右奥には、木造の小窓のついた扉があり、その隣の壁一体は赤いカーテンで覆われていて、どこか不気味であった。

そして入ってすぐ横には黒いカウンターがあり、
青年はすでにカウンターの向かい側へと移っていたので、俺もその前へ立つと、
青年はカウンターに置かれている、プラスチック板の料金表を指し、
「こちらの『M性感コース80分にソープコースを追加』(80分両コース兼用)でよろしかったでしょうか?」と予約したコースの再確認が行われるが、
それに相違点は見られず、俺も行く途中に考えが変わったという事はないので、そのまま会計を進めてもらう。

「では、35,000円をお支払い願います」
そうすると青年が料金を告げ、手先を揃えて受け皿へと向けられる。つまり前払いという事なのだろう。
この点では、予め風俗の大先生から教えを受けていた上、この風俗店への信頼は、”2chソープ板”の調査で裏付けされていたので問題ない。
俺は躊躇う事なく、ズボンのチャックポケットから財布を取り出し、また更に財布のチャックを取り外すと、
カード決済で済ませる為、イーバンクマネーカード(現:楽天銀行カード)を受け皿へと置く。

すると、青年は眉をしかめて「えぇっと……カード決済の場合は……」とめんどくさそうにカウンター下を探るが、
その態度・行動の意図がつかめず、疑問に思っていると、新たにプラスチック板を提示される。
なんだろうか?

「このように、高くなりますね」
その板は、10,000円から100,000円までを、1,000円単位で記載した料金表で、その隣には20%高い料金が記載されている。
青年が言うには、風俗店はカード加盟店になれない為、代行業者に頼む必要性があり、そこから現金を受け取るらしいのだ。
だから嬢たちへの、完全日払いというシステムが成り立ち、それを現金で管理している物だから、脱税も容易に違いない。

だとすれば、今回支払う35,000円を20%増しにすると42,000円となり、差額は7,000円。
追加で「聖水」「脱ぎたてパンツプレゼント」のオプションを付けても、おつりが出る程の大金だ。

ならば、金が惜しい。
今回、還元ポイントが付けばいいと、カードを提示したのだが、それよりも手数料がかかるなら話は別だ。
俺は現金での決済意向を青年へ伝えると、ありのままの料金を告げられたのだった。

それに応じて、受け皿へ現金を置く。しめて35,000円。
カードだと機器を通すだけで決済が完了するので、金を使ったという実感が薄い。
しかし目の前の金は、そのまま青年の手によってレジへと吸い寄せられ、
改めて「大金を使った」という事実を認識し、惜しいという感情すら湧いて来るようだった。

……だがこれによって、童貞というしがらみから解放されるのだ。
そう思えば決して高くは無い。むしろ安い投資であるといえる。

そして10秒もしないうちに決済を終わると、初めての客という事で、青年からスタンプ式のポイントカードを受け渡される。
スタンプを集めれば、10,000円の割り引きを受けられるとの事だが、
はっきり言って、童貞を卒業してからまたここに通うビジョンが浮かばない。
単に俺は「非童貞」という称号が欲しいだけなのかもしれず、その後は単なるズリネタで終わらせてしまいそうだ。


「こちらが待合室です」
それから青年により、カウンター隣奥の、木造の小窓付き扉まで案内を受けると、「どうぞ」と扉が開かれ、
俺はそのまま中へと足を踏み込むと、青年の手によって扉が閉まったのだった。

中に人はいない。
やはり予約があっさり取れたのは、平日昼間だからだろう。

部屋の中央ではテーブルが二台縦に置かれ、それを囲うように黒いレザーソファがU型に設置、
そして前にあるサイドボード上では、40インチ超の液晶テレビが一台鎮座しており、
俺はその部屋を「少し広いカラオケルーム」だと意識したのだった。

さらに、サイドボード前の左壁際には、4段の本棚が一台設置されており、そこには漫画が置かれてある。
その内容は、当時深夜の萌えアニメ枠で放映中だった『とある科学の超電磁砲』全4巻、
夕方のアニメ枠放映中で、ワンピースに画風が酷似している『FAIRY TAIL』全19巻、
他には、『サラリーマン金太郎』等の昔ならではの作品も、いくつか置かれていた。

この流行り物に合わせているようで、微妙にズレているラインナップに疑問を感じてしまうが、
どれも俺の知っている作品なので、怖い物だとばかり思っていたソープへの距離感が、わずかに近づいたかのように感じられたのだった。

そして、本棚の上には、凡庸な白い丸時計が掛けられており、
時計の針は、俺が予約時間よりも30分早く来た事を示している。

つまり、俺は出来る事の限られたこの空間で、30分を過ごす必要性があるのだが、
この部屋には暖房機が付いておらず、室内では冷気がうっすらと感じられ、
家を早く出たのが失敗である事を、身をもって知ったのだった。


(もう妄想では済まない。もう少ししたら実際に触れ合うのだ……)
それから立ったままいるのもなんなので、本棚前のソファ隅にどっしり腰掛けたのだが、これがいけなかった。
途端にする事も無くなった俺は、これから行く末について考え出すと、感情をマイナスの方向へと、緊張に作用させてしまい、
この部屋は「カラオケルーム」では無く、「ソープの待合室」なのだという事を、強く再認識させたのだった。

そのまま、また答えの出ない自問自答を繰り返していると、青年が再入室し、
淡々とウーロン茶の入った透明なコップと、体温よりも嫌にぬるいおしぼりをテーブルに置き、退席したのだった。

ウーロン茶は舌をうるわす程度に口へ含む、性行為時に尿意を催すと勃たなくなるので、それ以上は口にしない。
おしぼりは心を落ち着かせる為に、ひざの上で両手横に丸めて握る。
すると心臓の音が、おしぼりから手へと伝わってくるようだった。

もしも携帯が止まっていなければ、twitterにて「ソープの待合室なう」と俺の所在を明かし、
フォロワーによる好奇心の声により、この胸を穏やかにする事も出来ただろうが、
それもままならない為、俺は正面を向き、テレビをひたすら凝視したのだった。

テレビではワイドショーが流れているが、
喋っている内容と字幕は、緊張で頭に全く入って来ない。

けれども、取材を受ける女性が時折映っては、
「あの人みたいに可愛いといいな……」「あれよりひどくないはず……」
等と祈るよう、予約嬢と脳内で比較していったのだった。

というのも、嬢の画像紹介ページはぼかし処理が施されていた為、
実物を見るまでは「茶髪のお姉系」という断片的な情報で、嬢の妄想をする事しか出来ないのだ。

さらに”2chソープ板”にて、予約嬢への賞賛レスが目立つ中、社員工作の線が薄いと確信した『宝塚も真っ青の厚化粧で可愛い』というレスがある。
……しかし逆にこれが怖いのだ。もし俺も賞賛の枠から外れ、嬢と対面して「宝塚歌劇団」と思ったとしよう。
……そうなれば、俺は「茶髪のおばさん」相手に童貞を捨てなければならず、苦闘の80分間を過ごす事になるのだ。
そんな事はあってはならない、……いや、出来るならば考えたくもなかった。


そしてワイドショー本来の情報を汲み取れず、眺めているだけでは次第に飽きが来る。
他に出来る事といえば、本棚に置かれている漫画を読む事ぐらいなのだが、この緊張では活字なんてとても読めるはずがなく、
部屋に入ってから、未だ10分しか経過しておらず、予約時間まで20分も残っている。

……このまま退屈に過ごしていては、睡眠不足で寝てしまいそうだ。

だから俺は、わずかでもウーロン茶からカフェインを摂取したいと思い、全て口に入れる。
尿意で勃起しない危険性よりも、眠気で全感覚が曖昧になる事が怖かったのだ。


ふと、視線を正面右の扉へと移すと、
「店員に申し上げれば爪切りを貸し出します」と印刷された張り紙が目に留まり、
改めて視線を自分の爪へ切り換えると、指先から数mmも主張をしている事が分かる。
……そこでハッとして、俺は幾つかの事柄を思い出す。

「爪が伸びた状態で手マンをすると、相手が痛がる」
「コンドームが切れる危険性がある」

『そういった配慮をしてない男は、漏れなく童貞』

そう、俺は童貞の身ではありながらも、引きこもりの期間をネット上で消化していたおかげで、
幾つもの無駄な雑学が蓄積していたのだが、それは今、実用的な知識へと昇華されたのだった。

だとすれば、このままでは嬢に失礼な上、
今日童貞を卒業する身としては、見栄でしかないが、切るべきなのだ。
そうすれば、少しでも俺に自信が付くだろう。

ならば善は急げだ。
俺はカウンターを行き来し、青年との軽いやり取りを済ませると、そのまま爪切りを貸してもらったのだった。
部屋に置いていないのは、不特定多数が使う訳だから、消毒が必要なのだろう。

パチッ……パチッ……!
それから俺は、童貞の自分から決別するかのように、必死に切り続ける。

パチッ……パチッ……!!
……いつの間にか目つきが険しくなり、爪を睨みつけていた。
こんな思いで爪を切る事なんて、後にも先にも無いだろう。

…………パチッ!
……少々行きすぎたようで深爪となり、少しばかりヒリヒリするが、
爪の中でも、嬢の感触をまるごと味わえると思えば、何も問題はない。

冷気が爪の中へ侵入すると、身がわずかに引き締まるようだった。


それから俺は爪切りを店員へ返すと、本格的にやる事が無くなっていた為、
おしぼりをひざの上で握り潰し、視線を時計に定めながら、延々と予約時間が来るのを待ち続けていた。
自堕落な引きこもり生活のおかげか、思考を停止し、時間をやり過ごすのは得意であったのだ。


…………カンカン!
どれだけ待ちわびただろうか、しばらくすると、扉の外から何かを打ち合わせる音が聞こえ、
扉の小窓からは、青年が手の平サイズの拍子木を握っているのが見える。

爪切りを返してから、すでに20分が経過しており、予約時間もとうに過ぎている。
とうとう俺の番が来たのだろう、部屋を出る準備をしなければ……と、おしぼりをテーブルの上にだらしなく置くが、
拍子木に次いで見えたのは、ふくよかで丸い背広の背中で、その方向は自動ドアへと進んでいたのだ。

つまり、青年は客を送り迎えしていただけで、俺は未だに待たなければならないのだが、
タイミングからして、もしも背広の客が、予約嬢と楽しいひと時を過ごしていたとするならば、
青年から告げられた予約時間は、プレイ終了時に来てもらうよう、調整したというだけで、
それは多少の遅刻なら許されたという事実に、他ならなかったのだ。

……いや、「もしも」なんて曖昧な物ではない。
この待機している間、他の客が通ったのは見ておらず、
青年の指定した「1時間後」という予約時間からも、間違いなく背広の客は嬢と関わりを持っていて、
俺はこれから顔も知らない男と、穴兄弟になろうとしているのだ。

……だとすれば、嬢は今頃風呂でヴァギナを洗っている最中なのだろうか。
…………そう考えると、嬢が寝取られ、汚されたような気がして、悔しくて仕方がない。
ソープに来ておきながらも、童貞特有の処女信仰を捨てられないのは、ある種の矛盾といってもいいだろう。
しかしソープという場は、普段であれば見向きもしてくれない女の子と一線を越える場所……夢を買う場所であると考えていたので、そう簡単に割り切れる物ではなかったのだ。


「お待たせしました! どうぞー」
そんな取り留めのない事を考えていると、遂にその時が来る。

青年は扉を開け、カウンターへ来るように身振りで促すと、
俺は重い腰を上げたのだった。

外では青年は待合室隣の赤いカーテン一体の前で立ち構えており、
俺も青年に次いで、カーテン前へ立つ。


「それでは楽しんで行ってください!」
青年が声を張り上げ、カーテンを引くと、真っ赤なじゅうたんが敷かれた細長い廊下が、続いている。
そこには嬢が、廊下の灯りに照らされて立っていたのだ。

髪は茶色のストレートで、顔立ちがお姉系なのは間違いないが、パーツの一つ一つがくっきりと整っていて、それでいて上品。
目元はハッキリと黒く、やや厚化粧だが、『宝塚も真っ青の厚化粧』は言いすぎであろう。好みの問題でしかない。
うん、画像で見るよりもずっと可愛く、笑顔を絶やさないでいて、好感が持てる。

上には灰色のポロシャツを着ているが、その下にはズボンも穿かず、黒タイツのみを纏っている。
股の部分は、シャツでギリギリ隠されており、あからさまにチラリズムを主張しているが、
足フェチかつタイツフェチの俺には、ポイントが非常に高い。

更に身長は、男性の平均よりわずかに小さい俺と同じかそれ以上にあり、縦横比は問題が無く、スタイルも申し分無い。
そしてシャツの上からは、ハッキリとおっぱいが強調されており、
下手をすれば、バストサイズは3桁をも超えているかもしれない。

しかも、甘々しい香水の匂いを間近で感じるが、
それはおばさんから漂うキツイ物とはまるで違い、
優しく覆うように、のどへ刺激するのだ。

おかげで俺の情欲は更にかきたてられ、嬢への不安は確信へと変わっていく。
本当にいい投資をした。高い金を払ってまで来たかいがあったという物だ。

……しかし、爪が堂々と伸びており、薄くマニキュアが塗られている点はマイナス。
M性感コースには、男性へのアナル責めがあるのだから、
機能性よりビジュアルを重視するのは、少し印象が悪かった。


「ごゆっくりどうぞ」
一歩、二歩と嬢へと歩み寄り、廊下に出るとカーテンが後ろから閉められ、嬢と二人きりになる。
それはまるで、観覧車の扉が閉められよう、この世界から隔離され、幻想へと誘われたようだった。

そして嬢が優しく微笑むと、そのまま前を歩み出し、その後に続く。
廊下は細長い為に歩きづらいが、正面奥まで行くと、木造の回り階段の手すりをつかみ、2階へと上がる。

そこは1階と同じく、廊下が続いていたが、
左右には無機質な白い扉が幾つも並んでおり、どこか不気味であった。
恐らく、他に”サービス”を受けている人間が、何人もいるのだろう。

それから、嬢が奥まで進んで扉に手を引くと、中からはピンクの灯りが漏れ、嬢に次いで部屋へと入る。


部屋は一面がピンクの灯りで包まれているが、どこか薄暗く、
寝室と風呂場は、カーペットと白いタイルの床で区切られ、
風呂場からはシュワシュワと、水の溢れるような音が、部屋中に響き渡っている。

寝室の隅では、二人が寝られるスペースのベッドがあり、
その上には、シーツ代わりに青い毛布が敷き詰められ、
その横の壁では、ベッドと同じ面積はあろうという鏡が掛けられていた。

他に目立つ物といえば、冷蔵庫・インターホン・コンパクトチェスト……そして風呂場には、絶えずに泡立ちを続けている湯船と、マットプレイ用の黄金のエアーマット。
そう、この部屋は本当の意味で「出来る事の限られた」空間なのだ。


そして靴を脱いで寝室へと上がると、嬢から寝室のベッドに座るよう指示がなされ、そのままベッドへと腰掛けるが、
ベッドの感触が家の布団とは全く異なるのが分かると、改めて「ソープ」に来たのだという事を強く認識してしまい、
未だにソープを受け入れる余裕が無いのが、自覚出来たのだった。
(……このままで本当に勃つのだろうか?)

……だが、ベッドに座って数秒もしない内に、嬢は服を脱ぎ始め、意識はそこへとあっさり移る。
俺の心配だなんて、些細な物だったのだ。


まず灰色のポロシャツを脱ぐと、下から水玉模様の厚めのブラジャーと、タイツに覆われた水玉模様のパンツが露出され、
先ほどまで不快に鳴っていた動悸が、甘美に鳴り始めたのだった。

そしてシャツは、風呂場前に置いてある衣服カゴへと仕舞うと、
次は黒タイツに手を掛け、瑞々しい素足が露出され、タイツをカゴに仕舞われる。
……だがこれは、タイツフェチの俺からして魅力が欠けてしまい、カゴの中でしおれたタイツを見ては、物悲しくなったのだった。

しかし、嬢の着替えがこれで終わるはずもなく、嬢は更に下着に手を掛けようとする。
そう、このM性感コースは全裸が標準オプションとなっており、汚れる過程を無視して着衣プレイが標準の、AVや二次元とは違うのだ。
俺の変わり身は思いのほか早く、タイツの事なんて無かったかのように、息を飲んでそれを見守る。

まずはブラジャーから外されるが、
衣類の補正があった為か、おっぱいは服の上から見た時よりも大分小振りであり、バストサイズ3桁からはとても程遠いが、
それでも大きい事に変わりはなく、手の平が少し余る程にはあるだろう。
それに、乳首と乳輪が陥没しない程度に控えめなのも俺好みで、視覚的刺激にはなんら問題がない。

次にパンツが外され、桃尻が露わになる。
これも弛んでいる訳では無く、かといって小さすぎず、程よい健康的な大きさであり、
前の毛もかなり手入れがされ、うっすらと生えている程度だったのだ。

それに、よくお腹を見るとくびれが見られ、いずれの部位にも不自然な改造跡もない。
すでにこれは衣類の補正が無くとも、完成されたスタイルであるといえるが、
自分の乳をより大きく見せたいのは、女のサガなのだろうか。


そして嬢が下着を仕舞うと、今度は俺に詰め寄り、ジャケットのチャックに手を掛けられる。
そう、今度は俺が服を脱がされようとしていたのだ。

しかし童貞の身である以上、服を脱がされるなんて経験は幼児期以降から一度もないので、少し対応に戸惑ってしまうが、
思い巡らせば、その時に母親や保母さんからは、「バンザイのポーズをとってー」と決まって指示されて来た。

だからその経験を生かし、両手を上にあげてバンザイの体勢を取ると、
嬢からそのままジャケットを脱がされ、別の衣服カゴに仕舞われ、
そのままシャツ、ズボンを、されるがままに脱がされる。

また、服を脱がされている最中。
服の袖から指を立てて脱がされると、自分で指を整えて脱ぐ時とは違って、その指の先が皮膚に当たってくすぐったく、
この服の生地と共に感じるくすぐったさは、幼児期の頃からよく記憶に残っていたのだ。

そうすると、幼児退行が起こっているかのような錯覚に襲われる事で、興奮がどんどん増長していき、
ズボンを脱がされた段階で、パンツの下では窮屈そうに半勃起していたのだった。

そうして最後に、パンツを脱がされてすっぽんぽんになると、思いのほか肌寒い事に気が付く。
この部屋でも冷気が、……いや「冷風」がはっきりと感じられるのだ。
すると、向かい側の天井に黒く四角い送風口があるのが分かる。これはクーラーか空気清浄だろうか。

冬の間のオナニーは皮を擦り続け、摩擦熱を生み続けなければ萎えてしまうという事を、
長いオナニー経験から身をもって体感していたので、これは立派な不安要素となり得るのだが、
本当にこのままソープに身を委ねてもいいのだろうか?

……だが嬢は、そんな心配を見透かしたかのように手を差し伸べ、俺もそれを握り返すと、風呂場へと歩み出す。
その手からは、嬢の体温、ぬくもりが感じられ、途端に心が満たされていくようだった。
やはり、これもまた些細な問題だったのだ。
いやそれどころか、これから肌を隙間無く重ね合わせるのだから、何の問題があるというのか。

……それにしても、女性と手をつないだのは、どれぐらい久しぶりだろうか。
……そうだ、小学生の頃に先生から、半強制的に特殊学級の子と、組むようにされた時以来だ。
しかし、今はそれとは違う。ハッキリ意識出来る女性と、こうして手をつないでいるのだと、
俺はまだ何も始まっていないのに、夢かと見まごうような至福に包まれていたのだった。


ほんの数歩歩いて風呂場に足を踏み入れると、凹んだ形状の椅子が現れる。股間が洗いやすく出来ている「スケベ椅子」だ。
ネット上で画像を見たことはあったのだが、こうして実際に見たのは初めてだった。

すると嬢はそこに座るように促すので、俺は溝の部分に引っ掛からないよう、尻の位置を慎重に定めて座ると、
真後ろから蛇口をひねる音が耳に入り、それにシャワーの水音が続いたのだった。

そして嬢はシャワーヘッドを持ち、足の間に入って来るなり、股間をお湯で濡らし始めたのだ。
体温よりも少し暖かい適温である為、心地が良い。

程よく濡れると、嬢は横のボディソープを、数回プッシュして手に取り、
自身の手の上で泡立てると、ペニス周辺になじませるよう、焦らすように優しく洗い出したのだった。
なんとももどかしいが、街角で見かけるような、声を掛ける事すら愚かしいと思わせる女性が、全裸で俺に奉仕してくれるというだけでもたまらない。
胸の内で甘ったるい感情が、満たされていくようだった。


そうして遂に、ペニスへと手を掛けられる。
……のだが、脱がされた段階では硬くなりつつあったペニスが、いつの間にかしおらしくなっていたのだった。
おかしい。普段かわいい女の子のブログから、顔写真と手の画像のみで、妄想手コキオナニーをしていた俺にとって、
これは願ってもないシチュエーションでしかなく、洗われている最中に、先走り汁が嬢の手を汚しても不思議では無い。
……いや、これはきっと色々な経験を一度にして、気が引けているのだ。
人間が生きていく上で必要不可欠な水も、摂り過ぎると毒となって「水中毒」を引き起こすのと同じだろう。


「何時に起きましたか?」
しおれたペニスを、本当に淡々として洗われていると、嬢の方から初めて事務的内容以外の話を振られる。

「夜からずっと起きていました」
俺はソープを恐れて緊張したという理由を伏せ、正直に答える。
待合室で眠気が来た理由の一つだ。

「駄目だよー、ちゃんと寝なさい!」
すると嬢は甘い笑顔を浮かべながら、幼児をあやすように叱り、それが俺のマゾ心をくすぐる。
今まで母親以外の女性から、身の心配をされるという事もまた経験が無く、
プレイを前にしてまた一つ甘美な経験が増え、心が奮い立って来るようだった。
……ペニスは未だ奮い立たないが。

そして股間から、身体の至るところまでもがボディソープの泡で包まれ、
それをシャンプーで洗い流されると、手先を揃えて湯船へ誘導される。
家ではシャワー生活だったので、湯船に浸かるのは実に半年振りであり、
久しぶりの風呂がソープだと思うと、感慨さえも抱いたのだった。


湯船は思いの他狭く、俺はその中で体育座りに身構えると、
それが萎縮しているように見えたのか、はたまた初めての客だからか、
横から「ソープは初めてですか」と嬢から質問を受ける。

しかし、そもそも俺はソープどころか性行為すら初めてだ。
いや、こうして女性と長い間スキンシップを取ること自体、初めてといっていい。

だから俺は「ソープどころか、『行為』自体が初めてです……」と、たどたどしくも告げる。
『性行為』と明確に告げず、『行為』と曖昧に返したのは、せめてもの意地だろうが、
これは予め、向こうから言われなくても、告げる事を決めていた。
相手はプロなのだから、見栄を張っても容易に看破されて恥をさらすだけであり、
何をすればいいのか、手解きを受けたいという甘い考えが自分の中であったのだ。

「えっ、ヘルスとかも経験無いのですか?」
そうすると、嬢は不思議な物を見るような目で俺を見る。
無論、ある訳がなく、俺が経験したかったのはあくまでセックスだった上、
事前に調べた「デリヘル」の料金自体、ソープより数千円安いレベルでしかないので、
予行練習としては、少し高いと思わざるを得ない。

「いきなりソープですか……」
「……それでM性感コースってww勇者www」
それに次いで嬢は、頭の中で事情を整理するなり肩で笑い出し、
俺はいきなり童貞から魔法使いを超越し、勇者へと昇華されたのだった。

つまり俺は物珍しい客のようだが、
この点では風俗の大先生からの出資が無ければ、ソープコース単体を選んでいたのでなんとも言えない。
……いや、そもそもソープの出資をしてもらうという事自体が特殊で、物珍しいのだろう。

それから、俺はずっと体育座りで身を固めたままでいると、
嬢は湯船手前の、壁掛けトレーに用意してあったコップに手を掛け、
隣に置かれたうがい薬「イソジン」を数滴たらし、シャワーの水で薄め始める。

すると、嬢はおもむろにコップを口へ運び、うがいをペッと済ませると、
半分残った状態で「どうぞ」と差し出すのだ。
……このまま俺もコップへ口付ければ、間接キスが成就する。
それは非常に魅力的な誘惑と言えるだろう。

「いや、大丈夫です」
……しかし俺はそれに対し、すんなりと断りを入れる。
というのも、「80分M性感コース」のオプションには、予め「ディープキス」の記載があり、
口臭予防としてのうがいなら、家で噛んだキシリトールガムで済ませている上、
個人的にイソジンは、鉄のような味と臭いが、口の中でハッキリと残って好ましくない為、
間接キスは特に重視する事でも無いと、判断したのだ。

ところがそこで、嬢は「あ……いや……」と言葉に窮し、コップを保ったまま、困り顔で俺から視線を逸らすのだ。何か不服らしい。
こうして風呂へと入り、衛生面で性病の対策をすれば十分だとさえ思っていたのだが、何か問題があるのだろうか……?

……いや、少し考えて勘違いをしていた事に気が付いた。
この真冬のまっただ中で触れ合うのは、性病の他にもインフルエンザ等の感染リスクが伴う為、店側は徹底して「殺菌消毒」の為に行わせているのだ。
「口臭」等と、自分の事しか考えていなかったのは、なんと自己中心的だろうか。

だがそれでも、「どうぞ」というフレーズは任意要求だとも思える。
イソジンを味わうぐらいだったら、例え他人へ迷惑を掛けるとしても、遠慮したいところなので、
俺は困り顔の嬢に対し、「これって義務ですか?」と聞き返したのだった。


……するとその刹那、嬢の顔がブワッと吹き出し、風呂場に笑い声を響かせたのだった。
「『義務ですか?』なんて言った人初めてだよwwwハハハハwwww面白いwwwwうん、義務義務www」
何がツボに入ったのか分からないが、嬢は下品に引き笑い続ける。

この嬢は事前調査で、在勤年数が5年以上のベテランである事が判明しているのだが、
本当に「初めて」だとすれば、やはり俺は本当の意味で”物珍しい客”のようだ。
仮に営業トークなのかもしれないが、女性とまともに話す事のない俺にとっては、
「営業トーク」だろうと「嘲笑」だろうと、女性が優しく笑ってくれるというだけで、胸が温かくなる。


それから嬢が笑いを止めると、コップをこちらへ再度突き出したので、素直に受け取る。
無論、液体を口に含む際は、コップの取っ手から位置を確認して、嬢が口を当てた場所へ口付け、口元を緩ませる。
……だが、イソジンのツンとした鉄の臭いが、口の中で鼻を強く刺激すると、口元に締まりが出たのだった。
やはり好きにはなれそうもない味付けだ。

そしてそのまま口をすすぎ、のどへ移してうがい運動を始める。
……と同時に、イソジンの出しどころが無い事に気が付くと、
このまま嬢に説明を求めようにも、今口を開けると中身が垂れ流しになってしまうので、
俺は口元を押さえ、首を大きく振ってサインを送る。

それを見た嬢は、すぐに俺の言わんとする事が分かり、人差し指をタイル床へと指す。
つまりは床に吐き出し、排水溝へ流せという事だが、
それは衛生的に、風呂場でおしっこをするのと等しく、他人へ見せつけるというのは、少しどうかしてないだろうか。

……しかし湯船に出すよりはマシだ。
そう思った俺は、素直に中身を吐き出すと、口の中が鉄臭さから開放され、
排水溝へ流れたのを確認した嬢は、風呂から上がるように指示をしたのだった。


それから、嬢の手を引いて風呂場から寝室へと歩き出す。
湯船で濡れている事もあって少し肌寒いが、寝室に上がったところで、嬢は別のカゴからタオルを取り出すと、
全身をマッサージするかのように優しく拭い取り、腰にはバスタオルを巻いてくれたのだった。素直にそれが嬉しくて、暖かい。
至れり尽くせりとは、まさにこの事だ。

そして服には着替えずに、バスタオル一枚のままでいると、
嬢がベッド前まで移動して座るように促し、横の無機質な冷蔵庫を開けると、希望の飲み物を尋ねて来るのだ。

中を確認する。
缶ビール、ペットボトルのウーロン茶とコーラ、瓶オレンジジュース……大衆店相応といったところか。
俺はその中からウーロン茶を頼むと、待合室の時のように、透明なコップへと注がれたのだった。
ビールによるアルコールで緊張を解す選択肢もあったが、ベロンベロンとなって勃つ事もままならないという事態は避けるべきであり、
それよりも、眠気が待合室のようにぶり返す危険性を考え、ウーロン茶でカフェインを摂取するのが、効果的だと思ったのだ。


コップを受け取り、ベッドにまた腰掛けると、他愛も無い雑談を持ち掛けられたのだった。
いずれも、俺個人に関連する事柄だ。

最初に年齢を尋ねられたが、
この程度であれば回答するにあたって問題は無いと思い、堂々と答える。
なぜならば、”風俗の匿名掲示板”上では、老いて行くような人物を「いい年して……」と咎めるが、
一方で若ければ「もっと有意義な事に金を使え」と、相違する意見を何度も見てきた為、
風俗に適正年齢という物は「成人さえしていれば存在しない」という考えを持っていたのだ。


次に、職業を尋ねられた。
……これは痛いところを突かれ、少し思考停止してしまった。
引きこもりの俺が素直に答えたところで、
「あはは、こんなところに来てないで、働かなくちゃダメですよぉ?」といった具合に、甘い口調で咎められるのが目に見えており、
それは『なんでそんな身分でソープに来られるんだ……? 働けよカス』というのを、オブラートに包み込んだ物に他ならず、
長年の引きこもり生活により、ひねくれたプライドを抱いていた俺には耐え難い事なのだ。

しかし問題はない。
実はこのような質問が来るであろう事は予め想定しており、偽りの職業も考えてはあった。
それは、昼間からソープに行ける身分でありながらも、最も曖昧で選択の幅が広い「フリーター」という物。
俺は停止していた思考を再度働かせ、そのまま受け答えしようとする。

……のだが、声を出そうとのどを振るわせたところで、俺は一つの事実に気が付いて踏み止まる。

仮に俺がフリーターだとして、一度嬢へバカ正直に告げた年齢を逆算してみる。
そうすると、「高卒現役フリーター」という不名誉な肩書きが付いてしまい、
嬢の察しが良ければ、すぐに感づかれてしまうのだ。

フリーターであること自体は、引きこもりよりも上流階級なのだろう。
だが、見栄を張ってフリーターと答えること自体が何かおかしくないか。
それもまた俺のプライドが許せないし、もっとより良い回答があるのでは無いか……?

……まずい。
言葉に詰まって沈黙の時間が訪れ、ウーロン茶の量だけが減っていく。
相手も無言で、首をかしげて俺の顔を伺っているのも怖い。ひょっとしたら察してるのかもしれない。
……ぐるぐるぐるぐる、考えを巡らせる…………そうだ!

「専門学校に通ってます!」
これでいい。専門学校も幅が広く曖昧で、バイト等の収入があってもおかしく無いはずだ。
「へぇ! 専門学校ですか!」
よし、納得してくれた! この会話は終わりだ!!

『それで、どこの専門学校に通ってるんですか?』

「っ……ぇ?」 ……吐息に近い声が漏れる。
……全く想定していなかった返しだった。

そこでさらに考えを巡らす……が、パッと浮かぶのはアニメ・声優のオタク系学校だけで、
この嬢がオタクへの理解があるとは考え難く、可愛いオタクなんて実在する訳がない。

……考えている間にも沈黙は続く。
……苦しい、絶対に疑っているに違いない。
……………………

「ごめんなさい……専門学校ってのは嘘です……」
……結果、俺は隠し通すのに限界を感じ、発言を撤回した。

「えっ!w じゃあ『何を』してるんですか?w」
……のだが、嬢は察しが悪く、小さく引き笑いをしながら更に言及する。
もしかしてこの嬢は分かっていて、質問を投げかけているのでは無いだろうか?
だとすれば、俺は今まさにM性感コースの一環として、言葉責めを受けているに違いないが、
こんなネチネチと、個人の弱みに付け込んだ言葉責めは望んでいない。

…………俺は一刻も早く、この会話から逃げ出したかった。
だとすれば、もう一つ考えてあった回答で逃げる他ない。

「ちょっと言い辛い職業です……」
しかし、その回答は相手を傷付けてしまうかもしれないからやめたかった。
「そんな職業がこの世にあるの!?」
だけども、それより自分が傷付くのが嫌だった。
「……嬢さんは、自分がやってる仕事を尋ねられて答えられますか?」
……だから、たどたどしくも堂々と、嬢の職業を否定する。

「…………ちょっと言い辛いかなぁ」
嬢は、自分が例に挙げられる事が予想外といった感じで、少し言葉を詰まらせた後に納得する。
嬢もまた、自らの職業が背徳的な物だという事を、自覚していたのだ。
「というか、答えたく無いんなら『秘密』って言いなさいよ!w」
それに対し、嬢は思いの他明るく振る舞ってくれるが、やはり心内では傷ついているのだろうか。
……そう考えると、やはり言い放ってしまった事はもう取り消せないのだと、自分の良心が強く痛んだのだった。


それから最後に、なぜマゾ属性に目覚めたのか尋ねられた。
これも答えに窮し、無言の時間が数秒流れるが、
「うーん……いつからだろう……興味があったから……」と答えになってないような答えで場を流したのだった。

いや、記憶にしっかりとある。
まず、俺が小学生時代に忌み嫌われていた事。
そのせいで女子からの蹴る、殴る等の暴行も日常的だった事。
そして一番大きいのは、俺が中高生になってからの後天性ロリコンだったという奇跡。
おかげで、小学生時代のいじめの記憶が、より良い物に懐古補正を受けたのだ。

次に、そんな補正を受けつつある中で、いくつかのエロゲに出会った。
いわゆるマゾゲーだ。

最初のきっかけは、「魔法とHなカンケイ。(05年02月発売)」という作品の登場人物の中に、
「ロリでS気質」と、俺のニーズに非常にあったキャラクターがいた事。
おまけに原画家は、ろりぷに絵で名高い「葉賀ユイ」と、俺のツボを完全に押さえていたのだ。

そしてこの間にも様々なエロゲを経験し、
次のきっかけとなり得たのは、「絶対★妹至上主義!!(07年01月発売)」による物。
これはヘタレ主人公に対し、妹達が虐め抜くといった王道的(?)な物なのだが、
これもまた、年下の妹から虐め抜かれるという背徳感がたまらなかった。

最終到達点は、「毎日がM(08年10月発売)」という作品。
このゲームの言葉責めのキツさは、
「キモッ」「この変態っ!」等の、ワンフレーズで済ませるようなゲームの比では無く、
1シーン丸々「童貞」「包茎」等のコンプレックスを用いて主人公を責め立て、
レビューサイトには、「自身のM度合いが足りない」といった理由で、脱落者が何名もいた事から、
俺は完全にその域にまで至った事を認識したのだ。

だから嬢に事情を話せる訳が無かった。
「いじめ」だなんてワードを出せば、さっきからオドオドしている俺を見て、なんと思われるだろうか。
そして何よりも、「エロゲ」というワードを出す事自体が、NGにあたると確信していたのだ。


さて、ちぐはぐな一連の会話を終え、コップの中身が空になると、
ベッドの下からまた別のカゴを取り出し、そこから赤い縄を用意される。そのカゴは、大人の”おもちゃ箱”なのだろう。
前座も終わり、いよいよこれからプレイが行われるのだ。

そして嬢から寝転がるように指示を受けると、
やはりM性感コースを選んだからには縛るのだろう、と覚悟を決め、
バスタオルを付けたまま、ベッドにて仰向けで腹筋の体制を作ったのだった。

「そんな怯えたような表情で見なくてもww」
すると、嬢がこらえ切れずに笑い出す。
なるほど、手持ち無沙汰で、嬢の顔をまじまじと見つめていたのだが、
どうやらあまりにも身構え過ぎていて、顔に出ていたようだ。
場を和ませてくれた事に、感謝せざるを得ない。

それから嬢は、赤子の頭を撫でるかのようなゆったりとした動作で、手足を縛り出す。
……しかし俺には余裕が無いのか、この動作がプレイ時間を稼ごうとする行為に思えて来るのだった。
というのも、シャワーとベッド上の会話だけでゆうに10分は経過している上、
時々結び目が微妙にズレては解れるのだ。

ゆったり、ゆったりと縄の結び目が足に差し掛かると、バスタオルが縛るのに邪魔なので、元々のカゴへ仕舞われ、ペニスが露出される。
先ほどまで堂々と洗われていたので、今更恥ずかしがる理由はどこにもなく、
バスタオルの保温効果もあってか、下半身はいつの間にかポカポカと充電が完了していたのだ。
やはり寒くて勃たなくなるという心配は、杞憂だったようだ。

アイマスクはどうしますか?」
なおも縛られながら身構えていると、嬢から突拍子も無い質問がなされる。
M性感とは名ばかりではなく、俺を更に辱めようというのだ。
それに、視覚を失う事で妄想がかきたてられ、その興奮はいつもの比ではないだろう。

「なるべくこの光景を目に焼き付けたいので、遠慮します」
しかし、俺にはそれよりも重視すべき物があったので、ハッキリと言い切る。
だって、目を瞑っている間に童貞卒業だなんて味気が無い物。
……嬢がまた吹き出したのだった。


それから、3分から5分と経ったところで、縄を縛り終え、準備が終える。
コース全体の80分で考えると、5%は消耗している。割と掛かってしまった。

両腕は頭の上で、手首を横に合わせて縛られ、足も片足に分け、ひざの部分だけに絞って縛られた。股間を弄りやすくする為だろう。
縛られた箇所の肌は完全に密着し、身動きが出来ないが、かといって痛い訳でもなく、丁度良いといえる。

「失礼します」
嬢は淡白にそう告げると、うつぶせで俺の上に乗り、同時に長いストレートの茶髪を俺の身体に絡ませる。
そしていきなり、その体制のまま乳首を吸って、チュプチュプと吸引音を部屋中に響かせ、執拗に舐めまわすのだ。

(……! な、何だこの感じ。もどかしくてならない。)
(過去に何度もふざけてつまんだ時とは全く違う……!)
それはまるで乳首全体が一つの性器となってしまったようで、くすぐりにも似た強烈な快楽が乳首の芯へと刺激し、
乳輪からはくすぐったい感覚が入れ混じると、一つの淫らなハーモニーを奏でたのだ。

俺は今まで、数多くの二次元作品から「乳首が切ない」という表現を見ては、
意味がさっぱり分からず思考停止していたが、間違いない。
そう、俺が今まさに感じているこの感情が、それなのだ。

「あぁ……ははぁあっ……」
呻き声が、自分の口から気持ち悪い程までに漏れるが、
ペニスへの刺激が全く無い為、勃起には至らない。

すると見兼ねた嬢は、舐めながら手をペニスへと移し、手コキを行う。
これは、風俗の大先生が待望していたシチュエーション。
そのプレイを、今身をもって受けている事に、達成感さえ覚える。

……しかし乳首舐めで感覚が麻痺していているのか、ペニスへの感覚が理解出来ない。
だから、嬢が上目遣いで妖艶に舐めているという視覚的刺激で、自分を奮い立たせると、ペニスの硬さが徐々に増して来るようだった。

そしてペニスへの変化が微妙に現れたところで、”おもちゃ箱”からコンドームを用意される。
何のために? 挿れるにしては、まだ半勃ち程度なので早いといわざるを得ないが、
もしかすると性病対策の為に、ゴム越しからフェラチオをするのだろうか?
だとすれば、少々行き過ぎであるし、それが気持ちいいとは思えない。

(あ、おい……ディープキスもまだなのに、それを口に含んで伸ばすなんて……)
しかし、俺の予想は大きく裏切られる。
……次の瞬間、嬢はそれを指にはめ込み出したのだ。
そうだ。俺はさっき、アナル責めを受ける事を承諾したんじゃないか。


縄で縛られている時だった。
嬢から「お尻の穴に入れても問題ありませんか」とプレイ内容の確認を取られると、
とっさに俺は「朝(排泄を)済ませて来たんで、大丈夫です」と肯定の意を表したのだったが、
イソジンの時のように「いや、そういう事じゃなくて……」と念を押すよう、突き返されたのだ。

一体、この発言の何が問題なのか分からない。
何か言葉足らずだったろうかと、俺は問題を模索する。
……もしかして過去の客の中には、M性感コースを選んでおきながら、
『お前に入れるのかと思ってた。俺に入れられるなんて聞いてない!』
と言葉の意味を汲み取れず、文句を付けた猛者が何名もいたのだろうか。

その考えでいけば、俺の「済ませた」という表現も、
『嬢のアナルに挿入する為に消毒を、オナニーを済ませた』とも連想出来るのだ。

だとしたら嬢も慎重になるのが分かる。
なので、俺は念入りにもう一度「いえいえ、前から『入れられる事』に興味があったので……」とだけ伝えると、
ようやく肯定の意味として受け取って貰え、それ以降、尋ね返される事は無かった。

また、これも嬢に対し「興味」というワードで誤魔化しているが、
これは性とは別のベクトルの、便にまつわるシモネタを行うのが苦手だった為だ。

というのも、俺がアナル責めに興味を持ったのは、いつからか俺は一週間に一回の便秘体質となり、
おかげで排泄する度、アナルが切れる程の一回り大きな硬いブツが出る為、徐々にアナルが拡張され続け、
俺は貧相な身体つきありながらも、すでにパンツレスラーの兄貴のペニスだって受け入れられる自信さえ持てており、
これは実際にアナル責めを体感する他ないと思ったのだ。


そして今、指へコンドームをはめ込んだのは、
嬢の伸び切った爪でアナルを傷付けないようにし、更に自分の爪のビジュアルを保つ為だろう。
だとすれば、爪が伸びていたのはさほど問題では無く、嬢はしっかり相手への配慮をしていたのだ。
俺は初めて向かい合った時の、嬢の爪に対する悪印象を改めなければならない。

次に、嬢は”おもちゃ箱”からローションを取り出し、上からアナルへ掛けると、
部屋の送風口からは、依然として風が吹き続けている事もあって、少し身体を震わせるものの、
数秒もしない内に皮膚へ温度がなじみ、アナルへの進入が始まったのだった。

「んん……っ?」
いざ指が入り始めると、アナルが強張って侵入を拒み、息が漏れてしまうが、一度進入を許すと徐々に慣らされ、
奥へ、奥へと指が侵入すると、アナルの中でコリコリとした突起物……前立腺への刺激が、何度も、何度も行われる。
そして刺激を受ける度に、濃厚な快楽が前立腺からアナル全体。果てにはアナルからペニスへと感じられるのだ。
……すると何度も刺激を受ける内に、俺はこの快感へ既視感がある事に気付いてしまう。


まず、アナルが切れる程のブツを出せば、通過中に痛く苦しい思いをするのは当然だが、
最後に勢い良く全てを吐き出す際、爽快感とはまた違った快楽と共に、ほんの一瞬だけ気持ちよくなる事があるのだ。

そしてそれは、アナルの穴その物で気持ちよくなっていたと思っていたが、違う。
普通に考えて、その後切れたアナルからは出血し、痛い時間が絶えずに続くのだから、気持ちよくなる余裕なんてどこにもない。
そう、大きくなったブツは、何かを抑え付け、振るわせるような具合で出ていたのだ。
……つまり、それを刺激していた部分は前立腺だったのだろう。

……それを認識してしまうと、途端にこの快楽が汚らしい物に思えて来る。
絶えずに快楽は続くが、指の手ごたえもあって、それはもう排泄寸前の感覚に近い。
更に、ローションがヌメヌメとアナルを行き来すると、それはまさに水っぽくなったブツであり、
俺は嫌悪感をも覚えると、ペニスから硬さが完全に失われる。
……後には嬢が必死に指を動かす様を、呆然と見下ろしている俺が、そこにはいたのだった。


「お尻、気持ち良かったー?」
……そのまま数分が経過するとアナル責めが終わり、質問を投げ掛けられた。
「うーん……なんか出そう……変な感じです……」
明確に拒絶反応を示せず、曖昧に返してしまう。気持ちよく無かったといえば嘘になる。

するとその体制のまま、嬢は視線をアナルに順応出来なかったペニスへ移すなり、股間に顔を近づけた。
もう何を行おうとするのか、すぐに分かる。フェラチオだろう。

しかし、嬢の口はただでさえコンドームを咥えた上に、俺のペニスまで咥えられてしまっては、
後に行われるであろう、ディープキスへの心理的要因に影響が出るので、非常にご遠慮願いたく。今なら嬢を跳ね除ける事も可能だろう。

……だが、一方でフェラチオへの興味も強い。
それに今ここで断ったら、時期を逃してしまうような気がして、
俺は今が「機」であると感じ取り、なすがままに嬢を受け入れる。

「チュン……ポ……」
そして嬢が俺の根元を優しく拳で握り、ペニスを上向きに固定すると、亀頭から根元に掛けて口内へ侵入させたのだった。


(…………? ……? ……??)
(なにこれ……何も感じないんだけど…………え……?)
そこには、下唇、舌と、口内への感触が存在している事は確かなのだが、他には何も感じられない。
亀頭への刺激は絶えずに行われるが、それは土の中に手を入れ、砂利具合を確かめているかのように虚しく、性的快楽と興奮が見出せない。

……更に、俺は今までの特殊なプレイであれば、勃たなくても普通だと、仕方無いと思っていたのだが、
フェラチオ」という健全なプレイでも勃たないとなると、俺は不感症・インポなのかというネガティブな思考が初めて生まれ、
ディープキスを前に口を汚したという事実が、胸に大きくのしかかる。
「機」なんて物は存在しなかったのだ。


それから、嬢はなおも舌をペニスに絡ませる。
……しかし、ヌメヌメして気持ち悪いだけ。
時折、音を立ててペニスを激しく吸い立てる。
……しかし、ペニス全体が揺さぶられているだけ。

また、亀頭を唇で咥えられたまま、頭をペニス毎上げて引き伸ばすといった事もされるが、
この行為の意味もまるで理解できずに快楽が見出せない上、
無理に伸ばされても、咥える根元が指を引っ張られたかのように、窮屈で苦しいだけなのだ。


嬢は数分もしない内に、俺の反応が薄いのが分かるとフェラチオを止め、
顔を沿わせて股間周辺を舐め出し、腹、乳首と舐める位置を少しずつ上へとずらす。
性的刺激は純粋にくすぐったいだけの物だったが、フェラチオよりは比較的マシであった。

そしてそれが俺の顔にまで至ると、嬢が顔を覗き込んでは妖艶に笑い、頬や目を執拗に舐め始める。それも猫のように。
そうすると、さっきまで嫌悪感を抱いていたはずの唇が急にエロく見え、
「ディープキスがしてみたい……」とまた考え直すが、嬢は決して唇に触れないよう、焦らして舐めるのだ。

更に、俺の顔面下ではおっぱいが誇らしげに揺れていたのだが、これも焦らすよう、ギリギリまで肌へ近づけては、決して密着させないのだ。
だとすれば、自らの手で突き上げたいのだが……縛られてるので、それもままならない。

そんな二つの葛藤の中で、俺の官能が煽られ続けた結果。
あんなに元気の無かったペニスがピンと反り立ち、立派に勃起を遂げると、
嬢はそのペニスを見るなり、身体ごと顔をペニスへと戻し、再びフェラチオを始めたのだった。

「ンッンッンッ……ポッ……」
先ほどと同様に気持ちよくは無いが、
部屋中を鳴り響かせているこの吸引力に身を任せれば、勃起している事もあって、精液が吸い出されて射精出来るかもしれない。
……しかし、無駄打ちをしては駄目だ! 童貞卒業を堅実な物にするには、ヴァギナ内に入れるまでこらえるべきだと判断し、
今まで無駄な雑学の一つであった「射精しそうになったらアナルを締める」を、今知識へと昇華させようとする……!

……! ……! 危なかった。
微妙にペニスは脈を打つが、込み上げる物はなく結果は成功。
おかげで、俺のペニスは無事にこらえたのだ。

……すると、副作用でアナルどころか、身までもが引き締まると、
淫らなまどろみから引き戻され、あっという間に素に戻ってしまっていたのだ。

そして、この勃起は物理的刺激による物ではなく、シチュエーションによる物。
それが失われたら、どうなるのか……?

…………ペニスが外側から段々と……芯まで萎えてしまったのだ。

だらり、としおれる。この間わずか5秒。
フェラチオをしていた嬢は、「え? どうして?」とでも言いたげに、戸惑った表情を俺へ向けるのだが、
ここはプロ、すぐに気転を利かせて全身リップに移行する。

腕、肩、首へと、今度は性感帯を探ろうとする舐め方だった。
……だが、素に戻った俺にその行為は無意味に等しく、今の俺はオナニー後にも似た虚無感で覆われていたのだ。
しなやかな嬢のボディも、汚らしい肉塊が俺の上を徘徊しているようにしか感じられず、
出会った時に甘く情欲をかきたてた香水の匂いも、このプレイの間に嗅ぎ続け、くどいと思うようになって来ていた。

続きます。

ソープに挑んだ真性童貞の末路 下